中上健次の短編集「鳩どもの家」から一作目は「日本語について」。
今、何故中上健次なのか。すっかり時代遅れになって忘れ去られていく昭和という時代の不器用な若者達の代弁者としての中上健次に、僕は2009年に何故か強く惹き付けられ、実に久し振りにこの本を手に取った。
「日本語について」は、ベトナム戦争に出征している米軍黒人兵士が、休暇のため日本を訪れた期間に、左翼活動家の学生達が、この米兵に反戦・反帝国主義的な空気や議論に触れさせることで、この米兵の精神に影響を与え、あわよくば脱走させようと試み、ある非政治的な若者に、5日間この米兵と行動を共にし、感化するというアルバイトを依頼する、という話。
日本の学生達の視野と、米兵の視野の違いが実にリアルに描かれていて印象深い。特に、米兵が日本の若者を、ファシズム政治から解放されたばかりの若者、という定義に基づいて観察している部分などは、現代の我々からは想像できない視点だが、終戦後まだ20年程度しか経っていない時代であれば、米兵が日本の若者をそのように定義していたとしても不思議はない。
薄汚くてドラッグと精液の臭いが立ち籠め、モダンジャズが響く。そんな短編だが妙に心に響く。
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