中上健次の初期短編集「鳩どもの家」から、最後、3作目はタイトル・クレジットの「鳩どもの家」である。
本作は同じ短編集に収録され既にこのブログでも紹介した「日本語について」、「灰色のコカコーラ」よりも数年時代が遡り、主人公はまだ実家におり、高校生である。
コーラス部に所属する優等生だった主人公は、大阪に住む姉を訪ねた際にその姉が金持ちの2号になっていたことを知る。その姉から学費の足しにと大金をもらったことがきっかけとなり、勉強を止め、学校をさぼり、タバコを吸い、そして地元のスナックへ顔を出すようになる。
実家にいる父は母が再婚した相手であり、弟は再婚した父との間の子である。そのような境遇から現れる不満をぶつける対象として、主人公は金と夜遊びを選んだ。
この短編では、主人公はまだ優等生としての自分を完全に捨てるつもりはなく、ちょっとした寄り道をしているのだと自分の立場を定義している。その辺りが全体のトーンを牧歌的でのんびりしたものに仕上げていて、灰色のコカコーラの後に読むと、なんだか微笑ましく思えてしまう。
また、この「鳩どもの家」が前2作と異なるのは、物語の舞台が東京ではなく、関西で大阪から電車で一時間程度かかる、主人公の実家である点だ。夜遊びといっても大した場所はなく、地元の不良がたむろするスナックの女将をよってたかって冷やかす程度のことしかすることがない。
主人公はいずれ高校を卒業したら、東京へと飛び出していき、そして「日本語について」や「灰色のコカコーラ」で描かれたような世界へと身を沈めて行くのだろう。
だが、敢えてこの「鳩どもの家」を短編集の最後に持ってきた作者の意図とは何なのだろうか。より鋭利な刃物のような東京に於ける生活を我々読者に見せた後で、妙に牧歌的で前時代的な田舎における高校生の欲求不満を描くことで、主人公に次のステップに向けての衝動のような力を与えたかったのだろうか。
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