村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチとその後の文藝春秋インタビューに関する考察 [Opinion]

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堀内さんがブログで村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチとその後の文藝春秋掲載のインタビューについての意見を書かれていて、これは何か書かねば(笑)と思い、書いてみる。

当たり前のことだが、堀内さんにケンカを売るとかではなく(売るわけもないが)、村上春樹の愛読者として感じたことをできるだけ率直に書いてみようという試みである。ちなみに僕が過去に書いたエルサレム賞受賞スピーチに関するエントリーはこちら。そして文藝春秋のインタビュー記事に関するエントリーはこちら

 

 

 

 

他の方がどう感じているかは分からないが、僕は村上春樹という作家は非常に個人的なスタンスで文章を書く人だと思っている。同じ世代の村上龍と較べると分かり易いと思うのだが(というか極端なのだが)、村上龍はシステムの側から俯瞰して物事を捉えて人物を描いていくのに対し、村上春樹は常に個の視点で物事を捉え、そこからマクロな側へと展開して物語を作っていく作家だと考えている。

がんがんテレビにも出て財界人との対談をこなし、金融小説や仮想戦争小説などを書く村上龍に対し、村上春樹はあくまでも「僕」が傷ついたり離婚したり恋をしたり人生を賭けて冒険に旅立ったりする物語を書き、政治や経済に対する自分のスタンスを表明して人々を導こうと試みたりしない。それが僕の中での村上春樹像である。

授賞式に出ずとも賞は貰えるため、過去には賞は受けたが授賞式に出席しなかった作家もおり、もちろん辞退した受賞者の例もあり、また、既にフランツ・カフカ賞を受賞してノーベル文学賞候補になっている村上春樹からすれば、エルサレム賞自体は彼のポジションを大きく飛躍させる格を持つ賞ではない中で、政治的発言を避け、メディアにも露出しなかった彼が今回のスピーチを受託したことには大きな意義があると思う。

「もらわなくても構わないエルサレム賞を受け、行かなくても構わないエルサレムに出向き、しなくても構わないスピーチをして、敢えて波風を立てなくても構わない授賞式でわざわざ政治的に突っ込んだ発言をした」、これが今回の一連の彼の行動だと思っている。

彼が好むと好まざるとに関わらず、彼の発言には大きな力がある。彼がスピーチをしなければ、エルサレム賞受賞はここまで大きなニュースにならなかっただろうし、多くの日本人はこの賞の存在すら知ることはなかったのではないだろうか。

面倒な人間関係を嫌って隠遁する村上春樹が何故わざわざこのような行動を起こしたのか。それは彼自身が己の発言力を知ったうえでの文学者としての戦争批判であり、それはイスラエルという個別の国に対して行われるものではなく、現在進行形で強靭なシステムが個を蹂躙する力を公使している国と関わることになった彼が、超売れっ子作家という希有な立場で出来る精一杯の抗議のための表現だと僕は捉えている。

昨年末から始まったガザ地区への攻撃のために、受賞が伝えられた後、日本国内では村上春樹に対する「辞退を」という抗議行動が起こっていた。一方で、現地の日本人の方のブログなどによると、あのスピーチと文藝春秋のインタビュー記事掲載後、イスラエルでは村上春樹を「反イスラエル的」ということで批判する意見が強くなっているそうだ。

政治活動やメディアのご意見番的な活動を一切しない村上春樹にとって、この行動とその結果もたらされた反響はデメリットにはなってもメリットにはならないのではないかと思うのだが、そんな中で何が彼を動かしたか。それは、彼が文藝春秋のインタビューの末尾に書いている、彼が同世代の日本人としての集団的責任を担おうという試みなのではないかと思っている。

彼の世代は安保闘争やベトナム反戦の学生運動において中核を担いつつも、参加者の多くは国家権力との戦いに敗れた後に髪を切りスーツを纏い、次々と企業戦士へと変貌し、猛烈に働いて日本経済の繁栄に貢献し、その結果バブル経済をもたらし、さらにそれを破裂させ、失われた10年へと時代を導いてしまった。そして彼等は今定年退職の時期を迎え、経済活動の第一線を退こうとしている。日本を導いてきた世代の一人として、彼がいま出来ることを考えて起こした行動が、あの受賞スピーチとその後のインタビューだったのではないだろうかと僕は思っている。

エルサレム賞は、その正式名称を「社会の中の個人の自由のためのエルサレム賞」(Jerusalem Prize for the Freedom of the Individual in Society)という。この賞の冠が受賞者に問いかけるものの重さを、村上春樹はスピーチで説明しようとしたのだと僕は思っており、そしてそれは十分意義のある試みであったと僕は思っている。

 

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このページは、ttachiが2009年3月16日 22:45に書いたブログ記事です。

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