現マイクロソフト日本法人社長の樋口泰行氏が日本ヒューレット・パッカード社長時代の2005年に出版した自伝的ビジネス論。
樋口氏のキャリアに沿う形で、彼が学んだこと経験したことをベースに、彼が考えるビジネス論が展開されていくのだが、読み始めてすぐに思うのは、まあこの人は実に良く働くということ。
とにかく朝から晩まで働き続けるのだ。最初に就職した松下では溶接機器の事業部で技術者として働いていたのだが、ラインを止めずに済むように不具合のあった機器の基盤の改修を徹夜でやり続る。転職先であるボストン・コンサルティング・グループでは徹夜続きで会議中に失神して救急車で病院に運ばれ、病院からまたオフィスに戻って仕事を続けたりと、まあ本当に呆れるほど良く働く。
松下からハーバード・ビジネススクールに留学した期間に勉強に向かって邁進する様子も描かれているのだが、これがまた実に猛烈。一年分の歯磨きや衣服などをスクールが始まる前に買い揃え、授業が始まってからの一年かはほとんど町に出ず、とにかく眠りもせずにひたすら勉強をしまくるのだ。誇張することも自慢することもなく、訥々と書かれる彼の半生は常に目標が正面に据えられそこからぶれることがなく、猪突猛進、迷うことがない。
ボストン・コンサルティング・グループからアップルコンピューターへ転職し、そこで当時不調だったアップルでキャノン販売との拡販に勤めたあたりから、僕が就職をして業界に触れ始める時期とリンクしてきて、より物語がリアルになってくる。僕が初代Macを買った頃、樋口氏はまさにアップルで悪銭苦闘していたわけだ。
その後樋口氏はコンパックに移り、さらにコンパックとHPとの合併でHPのサーバ部門の統括本部長に就任し、その後取締役を経験しないままいきなり社長に抜擢される。
この本が書かれた時点では、樋口氏はまだ日本HPの社長であった。だが、その後樋口氏はHPを退職して経営再建中のダイエーの社長になり、さらにダイエーを退職してマイクロソフト日本法人の社長に就任した。まあ実にめまぐるしく会社を移っているなあという感想を持つ。著書で樋口氏は最低でも3年は同じ会社で働くべき、と持論を展開しているが、果たして3年で成果が出るものだろうかと疑問に思う。でも樋口氏から見れば、「3年もあるのに成果が出ないのは怠慢だ」ということになるのかもしれない。いやはや激烈である。
彼の日本HP退職から後の人生についても、きっと悪戦苦闘と激務の連続であったのだろうと思うと、この本のタイトル「愚直」論というのはまさに言い得て妙で、これほどぴったりな書名はないと感じる。ただ、この本を読んだ感想として、この人は社員を幸せにする会社経営が果たして出来ているのか、ちょっと心配になったということである。
企業のトップ・マネジメントがあまりにもガツガツと激務に励むというのは正直どうなのだろうと思ってしまう部分もある。彼自身は著書の中で述べている通り、趣味も持たず家庭も顧みずに生きてきたとそうで、それはもちろん悪いことではないのだが、本の中で、彼と同じように仕事を中心に据えて生きない人を否定するような発言があり、その点がやや心配である。
高い目標を掲げて邁進し、自己実現出来る人間はもちろん優秀なわけで、自分自身がそのように生きてトップになり、同じように生きられる人間を抜擢して要職に据えることは社長として事業を成功させるために大切なことではあるのだろうが、数千人規模の社員の中にはそのような生き方を求めない人や、そのようにしたくても上手く人生を描けない人も多いのだ。
そういった大多数の人間をいかに束ねて「その気にさせるか」についての記述が殆どなかった点が、ちょっと気がかりだなあ。まあとてつもなく努力してるし優秀なんだということは嫌というほど分かるのだけれども、なんだかとても非寛容な感じが滲み出ていて、この人には人間的魅力が果たしてどれぐらいあるのだろうか、とも感じる部分があった。
樋口氏が短期間で異なる会社の社長へと転職を続けていることもちょっと気になるなあ。部下を取りまとめてぐいぐい引っ張って行くには、部下が「この親分に付いていくぜ!」と熱く思わなければいけないのだが、付いて行きたくても肝心のボスが2、3年でコロコロ会社を変わってしまっては、付いて行きようがない。
とはいえ樋口氏はまだ51歳のはず。この若さで既に3社の社長経験者なのだから凄いことだ。マイクロソフトの次のことも当然考えているだろう。HP後の樋口氏の自伝が出たら、また読んでみたいと感じる。前に進むパワーはとにかく見習うべきだ。
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