僕は矢沢永吉というミュージシャンのことをほとんど何も知らない。そもそも彼の曲を一曲たりとも通して聴いたことがないし、テレビも見ないので、昔缶コーヒーのCMに出てるのを見たことがあるぐらいで、どんな人生を歩んできたのかも、どんな哲学を持っている人なのかも、全然何も知らなかった。
つまり僕は矢沢永吉のファンでもなんでもないのである。
では何故ファンでもない人間が自伝を読んだのかというと、それは同じく彼の曲をほとんど知らない相方がこの本を読んでいたく感心してというので、どれどれということで手に取ってみたという次第。
読み始めてすぐにその世界観に引き込まれた。実に面白いのだ。矢沢永吉という人物については「リーゼントに革ジャンで口をとんがらかしてツッパってて、暴走族や田舎のヤンキー達に神様扱いされてる勘違いオジサン」ぐらいに思っていて、どちらかというと芸能人みたいに思っていたのだが、いやいや彼は実に優秀なビジネスマンであり、インベンターであり、そして真面目で誠実な男だった。
芸能ニュースにもあまり興味がないため、彼が1998年にオーストラリアで総額34億円以上の横領被害に遭ったことも知らなかったし、その事件が、彼が自分でオーストラリアのゴールドコーストに26階建てのヘリポート付きのビルを建て、そこに音楽スタジオや学校も作って一大拠点にしようとしていた,ということなど、知る由もなかった。
あなたは自分の力で海外に26階建てのビルを建ててそこを運営するという事業を切り盛りできるだろうか?少なくとも今の僕にはできないだろう。矢沢永吉はミュージシャンであるだけでなく、こういった事業を自ら切り盛りするだけのビジネス才覚を持つ人物であったということ自体が既に大いなる驚きだった。
それだけではない。自分の曲の版権を持つ出版社を運営し、全国ツアーの興業も自分達で行い、外国人アーティストの招聘権も自らが持ち、さらに会場でのグッズ販売も自分達で行うという徹底ぶりである。
だが、本書を読み進む中で彼が繰り返すメッセージは、騙されないために自分でやった。自分を利用してボロ儲けさせないために、自分達の権利を守るためにやった、ということだ。
例えば、側近のマネージャーが地方の興業主に対して異常に高額のギャラを要求している。マネージャーは矢沢に対しては安い値段を報告して差額を搾取している。だが興行主達に対してマネージャーは、「矢沢が金にがめつくて俺だって辛いんだ」というようなことを言って興行主を丸め込む。そしていつの間にか業界では「矢沢は守銭奴だ」という評判が立ち、それを知らないのは彼一人だけ、というような状況が実際に生まれていたという。
また、1970年代当時の日本の音楽業界には版権や肖像権に対する意識が非常に低く、ミュージシャンはレコード会社の言いなりになって必死に働いても、その権利は全て奪われてしまうという状況が当たり前だったという。そんな状況を体当たりで変えてきたのが矢沢永吉なのだという。
友人に騙され、興行主に騙され、レコード会社に騙され、身内と思っていたマネージャーにも何度も騙され、その度彼は金をだまし取られ、信用を傷つけられ、そして心を踏みにじられてきた。
だが負けないのだ。この男はそこが凄い。興行主に騙されたら、興行主に任せずに自分達で興業まで全てを管理するノウハウを身につけて騙されないようにする。レコード会社に勝手なことをされたら、会社を移籍するとともに自分で管理会社を設立して版権を守る。横領によって借金を負わされてしまったら、歯を食いしばってそれを完済する。実に見事だ。
そもそもミュージシャンの自伝なのに、音楽に関する記述は驚くほど少なく、自らがどうやって矢沢永吉ブランドを守って突き進んできたかに多くのページが割かれていて、まるでビジネス本か自己啓発本を読んでいるような錯覚に陥るし、全てが自らの体験をベースに語られる分、巷の自己啓発本よりもずっと重く、そして迫力に満ちている。
広島市出身の彼は実母が出奔し原爆症に苦しむ父が早逝したため、祖母に育てられた。極貧と言える少年期の思い出を語る彼の言葉は父や祖母に対する愛情に溢れているが、それも彼が人生の中で学び得た世界観とのことで、若い頃は常に世の中や故郷や家族に対する悪態をつき続けていたという。
50歳を過ぎた彼は本書の終わりに「俺の人生はすべて正しかった」と言い切っている。そして我々読者に向かって、「自分の人生の主人公として、精一杯頑張れ」とエールを送っている。
矢沢永吉というミュージシャンの曲はこれからもあまり聴かないだろうし、彼の音楽が僕の人生に大きな影響を今から与えることもないだろう。だが、彼の生き方やモノの考え方には深く感銘を受けたし感動もした。こういう生き方ができる人を僕は心からカッコいいと思うし、彼のように僕も生きていきたいと、強く願った。
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偉人、《矢沢永吉》。
矢沢永吉はかっこいい
「必死でがんばる」とはどういうことだろうか?
不器用でも一直線の生き方には力があります。
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