金沢市の中心部にある金澤神社に参拝してきたのでご紹介しよう。
金澤神社は兼六園に隣接しており急な坂を登った坂上にある。
今まで2回ほど参拝していたが、神社参拝レポートをブログに書く前だったので記事にしていなかった。
今回はランニングの目的地としてやってきて参拝することができた。
さっそく紹介しよう。
金澤神社 基本情報
神社名 | 金澤神社 |
---|---|
住所 | 石川県金沢市兼六町1-3 |
電話番号 | 076-261-0502 |
創建年 | 寛政6年(1794年) |
ご祭神 |
|
入場料 | 無料 |
駐車場 | なし |
ウェブサイト | 公式サイト |
金澤神社 御由緒
以下、公式サイトからの引用。
加賀藩11代藩主前田治脩(はるなが)が寛政6年(1794)に、兼六園の現在の梅林の地に藩校明倫堂を建てられ、その鎮守社として金城霊澤のほとりに、学問の神であり前田家の先祖でもある菅原道真公の御舎利を奉斉する神社を御創建になった。
造営にあたってはときの重臣である奥村河内守・前田大炊・本多玄藩助・大音主馬などが、御造営奉行佐藤勘兵衛、御作事奉行井上勘右ェ門・松田与助などが作業にあたった。
その後、兼六園が整備されるにあたり、藩校は他の地に移転したが、神社は12代藩主前田斉広のときに建てられた竹沢御殿の鎮守として災難除けの神・商売繁盛の神・交通安全をあわせまつり朝夕兼六園を散策された藩公が領内の平和と繁栄を祈願された。
災難除けの神である白蛇竜神の御神体の1体は神社に1体は江戸屋敷にて奥方に代々奉斉されていたが、昭和21年神社に移された。毎年10月1日に白蛇竜神のお姿をうつした神札を百体のみ奉製し、藩公から藩士や城下の有力町民にあたえられたといい、市内の旧家に現存するものが多い。
商売繁盛の神である白阿紫稲荷大明神は明治維新の後、前田家が東京に移住する時その邸内に移されたが、旧藩士の懇願により再び神社に移された。
金澤神社 地図とアクセス
北鉄バス
金沢駅西口4番から成巽閣前下車0分
金沢駅東口6番から出羽町金沢医療センター下車3分
兼六園シャトルバス
金沢駅東6番から成巽閣前下車(所要時間12分)
最新! 金澤神社 1回目の参拝レポート 2020年1月
参拝日と参拝方式
2020年1月24日(金)に参拝。
社頭参拝。
当日の様子
▲ やってきました金澤神社。
この日は駅前のホテルからランニングで約3km走ってやってきた。
兼六園の急な坂道を昇るのが大変だった。
▲ 鳥居からのアプローチ。
▲ 華やかな楼門を潜る。
▲ 決して巨大ではないが華奢で華やかな拝殿。
▲ 菅原道真公が主祭神だが、女性的な神社だ。
▲ 手水舎のご神水はお水取りのメッカ。
▲ このコップで飲むことができる。
▲ この日はお水取りはせず、コップで美味しくいただいて帰ることにした。
▲ まだ早朝だったので、誰も人がいなくて清々しい。
▲ こちらがご由緒にも記載のあった、白阿紫稲荷大明神。
▲ こちらにも参拝。
この日のまとめ
重厚ではなく爽やかで華やかな波動を持つ金澤神社。
女性的なオーラをまとっていて、そのせいか明治以前は城下の婦子だけが参拝を許されていたという。
比較的歴史の新しい神社だが、兼六園と併せて訪問したい美しい神社だ。
これからも繰り返し参拝したい。
あと同会の日に一度お水取りもチャレンジしてみたいな。
金沢神社情報はこちらにもたくさん!もう1記事いかがですか?
著者/出版プロデューサー/起業支援コンサルタント/ブロガー/心理カウンセラー。
あまてらす株式会社 代表取締役。
著書に「やってみたらわかった!40代からの「身体」と「心」に本当に良い習慣」「起業メンタル大全」「「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる」「ノマドワーカーという生き方」など全9冊。
神奈川県鎌倉市の海街在住。