先日から進めていた、子供の頃の写真をスキャンしてデータ化する作業が昨日ですべて完了した。
見落としているものがない限り、紙の写真はゼロとなり、すべてデータになったはず。
前回このことを書いた際に、「紙を捨てちゃうんですか?」というコメントを頂いた。
これは僕も結構迷ったところではあったのだが、結論としては、紙は全部捨てた。
紙の写真を捨てるという結論に至ったポイントは幾つかあった。
まずは、実績として、今までどれぐらいの頻度で子供の頃の写真を眺めてきたかという点。
これは、限りなくゼロに近かった。
写真のアルバムは何十冊にも細かく分かれ、家のあちこちに分散してしまっていた。
あるものは段ボールの中にでたらめに突っ込まれ、あるものは本棚の一番後の棚にひっそりと仕舞い込まれていた。
データ化することで、写真はいつでも取り出せるようになり、実際眺める機会が増えたし、メールに添付したりブログにアップすることもできるようになった。
明らかにデータの方がアクセスしやすく、今後再度紙にアクセスすることは、ますないだろう。
これが結論だった。
紙が無くなることに対するリスクはなんだろうということも考えた。
一つは、データが消失してしまい、写真がなくなるリスク。
たとえばiMacのHDDが死んでしまい、データが飛ぶ危険性がある。
こちらについては、まずはTime Machineでローカルにデータをバックアップしてあるのでクリア。
次に、もし自宅が火事になってiMacもTime Machineも同時にダメになった場合。
実はこのレベルになると、紙の写真も焼けてしまうので、紙を捨てるリスクという話にはならなくなる。
ただ、ディザスタ・リカバリという意味で、スキャンした写真データはすべてFlickrにアップしてある。
なので、たとえ自宅が火事になってiMacと外付けHDDが全焼しても、写真は無事ということになる。
もう一つのリスクは、スキャンの失敗。曲がっていたりうまく取れていなかったりというもの。
こちらはスキャン時に入念に確認するしかない。一応頑張って確認した。
あと、今後さらに性能のよいスキャナーが出て、いまより高解像度でスキャンできるようになった時に、紙がないとできないという潜在的リスク。
これは諦めるしかない。僕が今持っているScanSnap S1500Mの性能で最大の解像度と低圧縮度でスキャンしたのだから、仕方がない。
紙の写真は持っているだけでどんどん色が褪せていってしまうというリスクを抱えている。
スキャン解像度の限界は、こちらとのトレードオフだと考えることにした。
というわけで、総合的に考えて、紙の写真は全部捨てることにした。
もちろん名残惜しい部分もあったし、ちょっと罪悪感も持ったが、まったく使わない状態のまま放置しても仕方がないという結論にいたった。
さてさて、9月中にはすべての断捨離を終えたいのだが、残るはCD、本、アナログレコード、細々としてガジェットだ。
やっかいなものが残った感じ。気合いを入れて臨もう。
著者/出版プロデューサー/起業支援コンサルタント/ブロガー/心理カウンセラー。
あまてらす株式会社 代表取締役。
著書に「やってみたらわかった!40代からの「身体」と「心」に本当に良い習慣」「起業メンタル大全」「「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる」「ノマドワーカーという生き方」など全9冊。
神奈川県鎌倉市の海街在住。