書評

信じること 共感すること 書評 「なでしこ力」 by 佐々木則夫

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まだ記憶に新しい女子サッカー日本代表のワールドカップ初優勝。

なでしこジャパンを栄冠へと導いた監督が、本書「なでしこ力」の著者、佐々木則夫氏である。

 

 

もちろん優勝したチームは強い。世界一になったのだから、世界一強い。

だが、なでしこジャパンのメンバーには、強さ以上の輝き、連帯感、責任感がひしひしと伝わってくる。

 

 

このオーラのようなモノは何なのだろう。

そう思い、本書「なでしこ力」を手に取ってみた。

 

 

なでしこ力 さあ、一緒に世界一になろう! 

佐々木 則夫 講談社 2011-01-29
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コーチのケガで選手のテンションが下がる

 

 

男子チームと女子チームの違い。

著者佐々木氏は、本書の冒頭で一つの例を挙げている。

 

 

佐々木氏が女子日本代表チームのコーチだった頃、キャンプが始まって早々に、佐々木コーチは太ももを肉離れするケガをしてしまった。

ケガ自体は大事になるほどのものではなかったが、佐々木氏は歩くのがやっとの状態でキャンプに参加していた。

 

 

すると、チームのメンバーたちのモチベーションが、目に見えて下がったという。

佐々木氏のケガというアクシデントが身内に発生したことが、女子選手同士の心に響き共鳴したため、チーム全体のテンションが下がってしまったのだという。

 

 

佐々木氏自身がこの一件にはかなり驚いたという。男子チームでは、コーチの肉離れぐらいで選手の気持ちが動揺することはない。

だが、女性には女性ならではの心の動きがあるのだと、佐々木氏は気づいた。

 

 

 

 

 

 

アクシデントやトラブルなど、ネガティブなことが起こればチームメンバーは一斉にテンションを下げてしまう。

だが、この共鳴力は、裏を返せば仲間を大切に思う心、そして心を一つにしてひたむきに努力する力は、なでしこジャパンにとって協力な武器になると、佐々木氏は確信したという。

 

 

理論と心を共に強化する

 

 

佐々木氏は女子日本代表チームに就任すると、まずは大胆なフォーメーションの変更に取りかかった。

それまでトップ下に君臨してきた大エースの澤を、守備も行うボランチに起用したのだ。

 

 

この起用に当初澤は自分のポジションがなくなるのではないかと心配した。

澤の動揺を抑えるため、佐々木氏は澤が納得するまで対話を続け、最終的に澤自身も、ボランチがもっとも自分の力を発揮できるポジションであると納得した。

 

佐々木氏が取り組んだチーム改革は、以下の4つの柱からなる。

 

 

  • 勝つ可能性を高める戦略・戦術を立てる

 

  • 適材適所で人の強みを活かす

 

  • フィードバック情報を与え実力を客観視する

 

  • 継続学習によって完成度を高める

 

 

佐々木氏は、これら論理に裏打ちされた作戦を補強する精神的な強化も同時におこなった。

精神の強化として、佐々木氏は「ピッチの上でやるべきことに、男女の差はない」という方針を掲げた。

 

 

厳しい練習、女子には難しいと言われたゾーンディフェンスの採用などの際には、周囲や選手からも、「女子には無理では?」という声が出たという。

そのような際にも、佐々木氏は常に「お前たちには必ずできる」と激励し続けたという。

 

 

 

「いいから黙って俺の言う通りにやれ」という進め方は女子では通用しないと佐々木氏は言う。

選手と同じ目線できちんと論理を説明する。何故「できる」と信じているのかを納得させる。

その上で、できるまで厳しく指導する。

これを繰り返し、なでしこは強くなった。

 

 

 

 

そしてもう一つの精神の強化として、「優勝」という言葉を盛んに使ったことを挙げている。

佐々木氏が監督に就任した時点で、なでしこジャパンは国際大会の優勝経験が1度もなかった。

大エースの澤は15歳から代表を張っていたが、15年で一度も優勝した経験がなかったのだ。

 

 

国際大会優勝経験がないことを、東アジア選手権の決勝戦前日に偶然知った佐々木氏は、選手達にこう問うた。

「あのさ、おまえたち、優勝したい?」

「したいに決まってるでしょ!」と返した選手達を見て、佐々木氏は選手達に、優勝という目標を掲げた。

 

 

緊張する選手たちをリラックスさせ笑わせ、いつも通りの雰囲気を作る。

そしてチームのメンバー達は高い仲間意識とひたむきさで、苦しい場面を突破していく。

 

 

論理と心の両面を強化したなでしこジャパンは、2007年の東アジア大会で初優勝を飾る。

快進撃の始まりだった。

 

 

女子チームを率いるということ

 

 

女子チームを率いて高い目標に向かうことについて、佐々木氏はいくつか女性との触れ合いならではのポイントを指摘している。

一つは、監督の姿勢の問題だ。

 

 

佐々木氏が、ある高校の女子サッカー部の監督を勤める男性と話をしたときのこと。

その男性は、「女子は体力がなくて物足りない」「自分の論理を実践することは女子には無理だ」としきりにこぼしたという。

佐々木氏は、「彼からは、男性では当たり前のことが女性にはできない、つまり男性のほうが上、女性はその下という態度が透けて見えた」と言っている。

 

 

それではダメだと佐々木氏は指摘する。

女性チームとは、常に「横から視線」で接すること。選手の兄貴分として接することが重要だ。

佐々木氏は、監督になってからも、コーチ時代と同じ「ノリさん」と選手から呼ばれ、時にはふざけて「ノリオ!」と呼び捨てにされるくらいのことは良くあると笑う。

 

 

 

 

そしてもう一つ大切なことは、身だしなみである。

佐々木氏が監督に就任してすぐに、佐々木氏は奥さんからアドバイスを受けたという。

「私の元上司に、すごく仕事のできる人がいたんだけど、いつも鼻毛が出てたの。私たち女性社員からの信頼と尊敬は、それだけで減っちゃったんだよ」

 

 

佐々木氏は以下のように述べている。

 

「どれほど論理的に戦術を構築しても、どれほど熱く選手を激励しても、見た目がだらしなければ伝わらない。身だしなみは、女性と接する際にそれほど重要な要素の一つなのだと、僕は妻から学んだ」

 

さらに、身振り手振りや表情などの、ノンバーバル・コミュニケーションも重要だという。

そういった身だしなみやノンバーバル・コミュニケーションを、「仕事の本質に関係ない」という男性からの反論に対し、佐々木氏はこのように述べている。

 

「女性は男性以上に、細かいところによく気がつくものなのだ。気にしすぎるな、と女性を批判するのではなく、無駄な緊張感を与えないように自分が気をつけることこそ、女性との信頼関係作りには不可欠だと、僕は思う」

 

 

まとめ

 

 

あるベテランのレギュラー選手が国際大会の試合中にケガをした。

ケガの具合からして、次の試合の出場は難しい。そう判断した佐々木氏は、その選手を次の試合はベンチから外し、ホテルで休養を取るよう命じた。

監督としては、試合会場までの移動などの負荷を考慮した判断だったが、他の選手達は全員で抵抗した。

 

 

「チームは全員で闘っているんだ。ケガをしていてもベンチに置いてくれ」、と。

選手達のひたむきさと真剣な想いに打たれた佐々木氏は、指示を撤回し、その選手をベンチに入れたという。

 

 

強いチームが強い理由はいくつもあるだろう。

もちろん優秀な選手が揃っていただろうし、対戦相手のコンディションもある。

だが、わずか4年前まで一度も国際大会で優勝したこともなかったチームを一気に世界一に押し上げるには、やはりいくつもの秘訣があった。

 

 

 

 

本書はワールドカップ予選が終わった後で出版されている。つまり、まだ世界一になる前に書かれた本だ。

だが、そこにはハッキリと、「なでしこジャパンは世界一を目指しています」と書かれている。

これは、佐々木氏がワールドカップ出場を決めた時に海外のプレスから「本戦での目標は?」と質問されたのに答えた時のものだ。

佐々木氏と、そしてチームは、ハッキリと優勝を、世界一を目指して闘っていたのだ。

 

 

心の結びつきや努力に対する賞賛の言葉、信頼感を損なわない適切なコミュニケーション。

論理に裏打ちされた厳しい練習、そして高い目標設定と達成度の管理。

これらが見事に結びついて、なでしこジャパンは頂点に立った。

 

 

本書には、女子サッカーという一つの競技、一つのチームの成功法則では収まらない、多くの示唆が満ちている。

強さ、ひたむきさ、優しさ、僕たちが忘れてはいけないモノがたくさん詰まった、素晴らしい本だった。

なでしこジャパン、あらためておめでとう!

 

 

なでしこ力 さあ、一緒に世界一になろう! 

佐々木 則夫 講談社 2011-01-29
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