あなたの温もり 思うこと 不明編


1997年4月20日(日)

Don't Ask Why / My Bloody Valentine


閑散とした地下鉄のホームに立ち、


冷たい階段を足音を忍ばせるように登りきると、


そこはコンクリに包まれた街、


僕が育った街、


僕の命の残像が灯る街、


息のできない街。




コンクリの反射熱に炙り出されたこの街の老人達は、


息を引き取ることもできず、


涙を流すことも出来ず、


アスファルトに金属の杖を響かせながら、


跳びはねるように深夜の街を彷徨い続け、


ハシシに脳神経をやられた若者たちは老人達の影に怯え、


老人達がひきつるようにしゃがれた声で歌い続ける猥歌のメロディーを嘲笑する。


深く刻まれた皴の襞の間には、


排気ガスと二酸化窒素が深く刻印のように憂いを創りだし、


ただれた眼には満開の桜の花びらも映ることはなく、


10倍の速度で回転し続ける狂った時間軸の中、


澱んだ大気の中で自己矛盾を消化しきれないまま、


金属の杖をスモッグ越しに弱々しく煌めくカペラにかざした時、


逆流する赤黒い血液は熱せられたアスファルトの上で沸騰し、


赤黒い霧はコンクリの街のスモッグと化合して月を赤黒く染める。




自らの残像をこの街から完全に消し去ることは決してなく、


老人達の金属の杖の音が首都高速の反響音と混ざり合い、


灰色の空へと上昇していく時、


屋上で空を見上げる僕の眼には、


自己矛盾と敗北感の他に、


何が見えていたのだろうか。


何が映っていたのだろうか。


何が。







All Tomorrow's Party / The Velvet Underground and Nico


あの街の残像を振り払うように部屋に辿り着き、


部屋の灯を消してネットにつなぐ、


My Bloody ValentineとVelvet Undergroundのボリュームを上げ、


バーボンをあおる。


香を焚いたら、


少し、


視界が広くなったような気がして、


深呼吸ができた。


窓の外には八重桜の満開の房が、


水銀灯に照らされ街道の乾いた車の音を、


静かに吸収しているようで、


電話越しに聞こえるあなたの声に、


ふと微笑みかけてみた。







(c) T. Tachibana. All Rights Reserved. 無断転載を禁じます。tachiba@gol.com

 

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