思うこと



1997年6月13日(金)


Swallowtail Butterfly / The Yen Town Band

突然決まった名古屋日帰り出張。

もう少し日程に余裕があれば是非石川さんやふきねこさんなどとお会いしてみたいなどと思いつつも、ただ行って帰って来たって感じで、全然距離感がない。新幹線が往復とも通路側だったせいで景色が見れなかったせいもあるかも知れない。

いつもよりも一時間早く家を出ると、空の色も違えばちょっとした景色もあれこれ違っている。6時半丁度の始発バスを待つサラリーマンと老人達の列。大きな荷物を持ってスーツを着ているのが出張組サラリーマン、老人達はどこに行くのだろう。

いつもの通勤時間には殆ど見かけないのに、この時間だと妙に老人が多い。グレーヘアーに手ぶらの老紳士はおそらくどこかのカイシャのブチョウさんぐらい。

もっとすいているかと思ったバスはこれまたたくさんの老人とサラリーマンを乗せて到着。僕が眠っている間にも世界は動いている。

東京駅はいつも通りのものすごい人込みだが、天気が良いせいか何となく気分が良い。発車までの暇つぶしに買った日経新聞を手にまだ空いている車内へ。

意味もなく始めから全部読み倒しているうちにガクンと車体が揺れ、新幹線が発車した。いつも思うのだが、車内にいると発車ベルは殆ど聞こえない。それだけ防音性と密封性が高いということなんだろうな、などと思いつつコーヒーを飲みつつ日経を読み続ける。

良く通勤電車で見かける、新聞をすごく細長く畳んで丁寧に読んでいく人々、僕はああいう風に新聞を畳んで読むのがまだ下手だ。そりゃそうだ、年期が違う。僕も日経が似合うと言われたい。

新聞に眼を通し終わると急に睡魔が襲ってきた。通路側で窓の外も見えないのであっけなく眠りに落ちる。日頃の寝不足のせいか、眼が覚めたら三河安城駅を通過するところだった。一時間以上眠っていたことになる。出張の時には必ず景色をずっと見続けている僕としては非常に珍しいことだ。ちょっとカラダが軽くなったような気がしてタバコを一本吸った。



やさしい気持ち / Chara


新幹線を降りると名古屋も今日は晴天だった。すごい脚のきれいなお姉さんが大群で通り過ぎるので思わず見とれてしまう。なんなんだ、あれは。

なんだかんだで全然時間に余裕がないのでそのままタクシーに乗り込む。行き先は港区大江町、「●●重工業名古屋航空機製作所」。やせっぽちで白髪が目立つ老ドライバーは鼻歌混じりにスイスイと車を走らせる。

名古屋の●●重工へは3年ぶりの出張になる。3年前、生まれて初めての出張が名古屋だった。その時の記憶を手繰りながら、タクシーの車窓に広がる景色に合致点を探しつつ車はどんどん南下する。

3年前の出張は上司と一緒だった。名古屋から乗り込んだタクシーの運転手は、上司が「大江町の●●重工」と言っても道順がわからなかった。しかも車載の無線の使い方が良く分からないと言って、途中で車を止め、公衆電話からカイシャに電話して道順を訊いていた。

彼は乗車歴3日の新米運転手だった。彼は自分が勤めていたカイシャが倒産したこと、それを境に酒浸りになり、女房子供が出ていったことなどを話し始めた。今日、降りるときのメーターは3,300円だった。3年前、車を降りるとき、当時の僕の上司はその新米運転手に壱万円を差し出し、釣りを受け取らずに車を降りた。名鉄東名古屋港駅は、ホームしかないガランとした姿を鉄と油の街の中に浮かび上がらせていた。国道をひっきりなしにダンプとタンクローリーが通り過ぎる。あの日は曇っていたが、今日は晴れていた。



やさしい気持ち / Chara


僕を出迎えてくれた老紳士は秋田出身だと言った。笑うと目尻に浮かぶ皴が深くて、眼の奥には数十年に渡り、この鉄の街を守ってきたという自負が浮かんでいるようで頼もしい。

彼は秋田の大学を出ると当時の●●造船に入社し、下関の造船工場で働いていたという。高度経済成長を支えた造船産業のメッカで彼が見たもの感じたものが、彼の銀縁の眼鏡に映るように、彼はにこやかに話し続けた。

ホワイトカラーである彼と、ブルーカラーである工員達との人間関係の難しさ、名古屋から北海道の基地まで陸路出張する時の楽しさ、辛さ、青函連絡船の中でのどんちゃん騒ぎ、大館にあるロケット試験場への道のり、寝台特急「金星」での熊本への旅のこと。

鉄と油の匂いのする街のちいさな定食屋、皴だらけの彼の顔が通り抜けてきたのは、まさに日本の成長の歴史に違いないのだろうなどと思いつつ、彼と僕は午後にまだ仕事が残っているためビールを飲めないことを悔やんだ。



やさしい気持ち / Chara


工場の向かいにあるビルに登るとすぐそばに海が見えた。老紳士はテーブルの上に名古屋の地図を広げ、この工場一体が昔は貯木場だったこと、伊勢湾台風で一体が全て浸水してしまい多数の死者が出たこと、工場の目の前で終わっている引き込み線は以前は工場の中まで続いていたこと、湾を挟んで反対側に見える建物の中には水族館があり、そこの見物はカメであることなどをゆっくりと、にこやかに説明してくれた。

名古屋ドームの敷地はもともと●●重工の工場があったこと、その工場は発動機を中心に第二次大戦前から稼働していたこと、非常に広大な敷地に、長さ一キロに渡るカマボコ型の工場が並んでいたということ、第二次大戦末期には工場はことごとく爆撃の標的になり、特に名古屋ドームになったところにあった発動機工場は徹底的に破壊し尽され、多数の死者が出たこと、●●はゼロ戦を作っていたこと、そんなことを僕に話した後、彼は「いつの間にかこんな歳になっちまったなあ」と言うと、銀の眼鏡を外して僕に向かって本当に優しい眼をして、ゆっくりと笑った。

彼の笑顔は涼しげなのに何とも凛々しく、そして美しかった。



 

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