Hey Lula / Yutaka Fukuoka


東京はうだるような暑さだった。木曜日、午後2時45分。ぎらつく太陽とアスファルトの反射熱から逃げ出すように新幹線に乗り込む。二階建て車両の天井は低く、妙な圧迫感を感じつつ席に着く。

空調は控えめで、額から汗がにじんでくる。上着のポケットからハンカチをとりだし汗を拭い、上着を脱いで窓際のフックにひっかける。

窓の外の動きのない世界。じりじりと照り付けられこの世界に焼き付けられて行く人々の群れが遠くで動いている。

反対側の窓の外にはスーツの上着を小脇に抱えたサラリーマンや、大きなリュックを背負った親子連れらがひっきりなしに動き回っている。赤いベレーに水色のユニフォームの若い女の子達が、ホウキやチリトリを持って反対側に停車している回送電車から列をなして降りてくる。

乗務員が静かにアナウンスを繰り返している。Maxあさひ321号、新潟行き。15時丁度の発車です。




Circle Dance / Yen Chang


カクンという小さな衝撃を伴って列車はゆっくりと動き始める。僕は買ってきたビールを開け、二口一気に飲み、窓の外を眺める。

太陽はまだ高い、空は深く青い。コンクリートの建物は銀色の太陽光線を一身に受け止め、その熱を一気に街の中に噴射しているように見える。

床に置いた大きな黒いコウモリ傘が、何となく所在なげに見えている。






Bon Voyage / Yen Chang


国境の長い長いトンネルを抜ける。歩いて抜けようとしたら、きっと丸一日か、それ以上かかってしまうような長い長い国境のトンネル。あまりにも長いので、何時の間にか自分が夜の闇の中を移動しているかのような幻想を抱かせられる。

冬にこの国境のトンネルを抜けると、そこは本当に雪国だった。窓にあたる乾いた雪の音、線路の凍結を防ぐために水を噴射しているすプリンクラーの音、強い北西の風が列車にぶつかる音。灰色の白と黒の、色彩を失った世界。

国境の長いトンネルを越えた僕の視界には、トンネルの反対側と同じように、強い太陽光線に浮かび上がる、鮮やかな緑の国があった。






Shakti / Yen Chang


新潟駅に着いたのは夕方の5時ちょっと過ぎ。まだ太陽は高く、少しずつ空には灰色の雲が広がり始めていた。

のんびり周囲を見回す暇もなく、さっさと6番線へ。隣の隣のホームに行けば、電車は僕を会津若松に連れていってくれるらしい。ちょっとそんな誘惑を感じつつもホームに降りる。

特急いなほ9号、酒田行き。いつも通りガラガラの車内を見渡しながら、ホームを歩き売店でビールをもう一本。ホームの上から携帯でカイシャに連絡していたら発車のベルが鳴った。慌てて飛び乗ると、車内には、なんとなく雨の匂いが漂っていた。






Hey Lula / Yen Chang


新発田を過ぎたあたりから急に雨が降り出した。細かい霧のようなものが窓に少しずつ貼り付いていき、細かい水の粒がお互いに集まっていき水滴となり、窓をすべりおち、流れていく。

厚い雲に覆われた空が、暮れかけている。グレーに青を流し込んだような空の下に、緑の田園が広がっている。みどりいろの世界に青とグレーの空。空と田園の境界線は細かい雨のせいではっきりしない。

みどりのくに、あめのくに。暮れ行く世界を、細かい雨が濃く塗りこめてゆく。窓の外に広がる世界。みどりのくに、あめのくに。どこまでも続く、美しい世界。




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