折返しの普通列車はやはり学生と、そして明らかに出張のサラリーマンと、若干の老人を乗せて発車した。さっきまでぎっしり乗っていた学生達の熱気がまだ車内に残り、窓ガラスが曇ったままだった。
座席に余裕があるので、僕はカラダを斜めにして窓の外を眺めていた。酒田を出てしばらくは複線区間だが、2駅ぐらい過ぎると単線になる。
僕は山側に座っていたので、晴れていれば窓の外には鳥海山のものすごい美しい眺めを見ることが出来るのだが、今日はこの雨と霧のせいで、鳥海山は全く見ることができない。
反対側の窓の外は基本的には田園と防風林が交互に現れ、時折鉛色の海が覗くという感じ。
しばらく行くと線路が徐々に山の中に入っていく。単線なので両側すぐのところまで夏草が生え茂っている。眺めているうちに急になにか心の中がざわざわしてきて、僕は運転席のすぐ後ろまで移動し、再び山側の座席に座った。
細かいカーブの続く山の中を、3両編成の小さな電車が細かい雨をはじき飛ばすように走り続けている。びっしりと線路沿いに生えている夏草は、まるで線路の上に覆い被さるように両側から垂れ下がっている。電車が近づくと、風圧で垂れ下がっていた夏草がはたはたとはためき始める。電車が通過するときには、まるで電車に手を振るかのように激しく夏草は自分自身を振り回し、自分に積もっていた雨粒を振り払うようにしている。
夏草はみな鮮やかな緑色で、中には白い小さな花をつけているものもある。夏草はみな背が低く、線路にはみ出すように生えているのだが、それよりも一歩奥まったところに、もう少し背の高い、しかし木と呼ぶには貧弱な草のようなものが、夏草の鮮やかな緑よりは若干くすんだ、広葉樹独特の艶のある葉を力強く開いて、夏草の風に対する過敏な反応を窘めるかのように、少し遠慮気味に風に葉を揺らしている。
広葉樹のさらに奥には、一段と濃い緑の針葉樹をつかた松の防風林が、列車が巻き起こす旋風などには全く気を掛けないようなむとんちゃくな感じで、堂々とその青緑の針のような葉を突きだしている。
しばらく行くと、両側の夏草の背丈が高くなり、まるで緑のトンネルの中を走っているような感じになった。初夏の細かい雨を受けながら、ぐんぐん伸びる夏草のみどりのトンネルの中を、自分がまるで滑っているような錯覚に陥った。
もう10年ぐらい前に、奥只見を一人で旅行したときの、只見線の眺めを思い出し、朝から一人でニヤニヤしてしまった。
このみどりのトンネルを見ることができただけで、今回の出張はすごく楽しいものになった。なんて簡単なヤツなんだろう。うーむ。
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