真夏の夜の夢 思うこと  Summer Edition



1997年8月5日(火)

Walk on the Wildside / Lou Reed

一週間前、会社に向かう途中の交差点で、若い女の子(20歳前後)が目の前で車にはねられるのを見た。

彼女は完全な赤信号を無視して片側4車線の外堀通りを突っ切ろうとしたのだから、いくらなんでも無謀な行為で、車の運転手さんには非常に気の毒な事故だったと思う。

交差点を左折して加速しかかっているワンボックスカーは、女の子を軽々と吹っ飛ばし、彼女は頭からアスファルトに落ちて、そのまま2メートルぐらい地面の上を滑り、止まった。

驚いたことに、かなりの衝撃を受けているはずの彼女はすぐに立ち上がると、それまでと同じ勢いで再び駅に向かって走り始めたのだ。

車の運転手はすぐに車を道端に止め、外に出てこようとしているようだった。信号待ちで立っていた多くの人達のうちの何人かが、走り去ろうとする女の子を呼び止め、年配の男性が彼女の腕を掴んで彼女を引き留めた。

彼女はしばらく呆然としていたが、やがて後頭部を抱えるようにして道端にしゃがみこんでしまい、野次馬の中に埋もれるように見えなくなった。

若い男性が携帯電話から救急車を呼んでいる様子を見ながら僕は現場を離れた。

彼女が車と衝突した瞬間、僕は「あっ」と声を上げていた。

掌にちょっとイヤな汗をかいていた。

車と彼女の姿はハッキリと憶えているのだが、その日の天気が思い出せない。



Walk on the Wildside / Lou Reed


車にはねられた彼女がその後どうなったのか、僕は知らない。恐らく何らかの怪我をして、救急車で運ばれたのだろう。もしかしたら強打した頭になんらかの傷を負ったかも知れない。

野球で頭にデッドボールを受けた巨人の村田捕手が、すぐに立ち上がって投手に向かって歩き始めたところで再び倒れた時のことを思い出したりしながら、いつも通り会社に着いた。

会社についてからも事故のことをあれこれ考えていたが、どうして彼女があんな無謀なことをしたのかが分からない。

事故のあった交差点は、外堀通りと靖国通りが分岐する市ケ谷駅付近の信号で、片側4車線もあり、交通量も非常に多い場所だ。しかも僕が信号を渡り終えた時点で信号は既に赤になっていて、僕も小走りに歩道に辿り着いたぐらいなのに、僕が歩道にたどり着くのとほぼ同時に彼女ははるか彼方の反対側の歩道めがけて走り始めている。

彼女が中央線に辿り着くころには既に左折車がどんどん走り始めており、彼女の行く手を阻むかたちになっていたが、それでも彼女は走り続けた。

その交差点はT字路になっていて、左折レーンが2車線ある。外側を走る車をかわした彼女はその陰にいた内側の車にはねられてしまった。内側の車からはきっと完全に死角になってしまっていて、彼女の姿は寸前まで見えなかったに違いない。

それほど急いでいたと言えばそれまでなんだろうけれども、運転手のことを考えると何とも後味が悪かった。





Walk on the Wildside / Lou Reed


その事故から2、3日たってから、僕はその光景を夢に見た。やっぱりかなりショックだったのだろう。夢の中でもやっぱり天気がよくわからないままだった。

ここ数日、シゴトで外回りをしていると、つい車の動きが前よりも気になっている自分がいる。

自分が事故に遭った訳でもないのに、車のバンパーが迫ってくると体が軽く硬直するのを感じる。人間なんて、簡単に吹っ飛ばされるものだというのを目の当たりにしたためだろう。もし車がもう少しスピードを出していたら、きっと彼女の頭は砕けてしまったに違いない。

彼女に大きな障害が残らなければ良いが、と、彼女と運転手のことを考えて思ったりする。






(c) T. Tachibana. All Rights Reserved. 無断転載を禁じます。tachiba@gol.com