真夏の夜の夢 思うこと Summer Edition


1998年7月31日(金)



One for Helen / Bill Evans Trio

たまには六本木で週末を過ごそうか。


残業が長引いて結局会社を出たのは8時を大分過ぎたころ。新宿で感傷的兄様とニナと待ち合わせ。兄様とはなんだか久し振り。どもどもと。


タクシーで六本木へ。街の様子が随分変わってしまっていて、タクシーの窓からまるでおのぼりさんのようにキョロキョロと街の様子を窺う。引越して以来、夜の六本木を歩くのはこれが二回目。そりゃ様子も変わろうと言うものだ。


兄様の案内で食事は防衛庁近くのcafe daisy。なんだかんだで結局店に入ったのは10時前。ビールと美味しい赤ワイン。フィレステーキの上にかかっていた、「甘いバルサミコ」ソースが絶品。あと、デザートに頼んだアップルパイも素晴らしかった。これで一人3,000円ちょっとなのだから、安いものだ。

兄様が最近購入したPowerBook G3を触らせてもらう。第一印象は、とにかく重いということと、モニタがメチャメチャきれいだということ。重量は本当にハンパじゃない。僕のPowerBook 2400の3倍は絶対にあるだろう。これでもラップトップなのか。小型卓上コンピュータと呼んだ方がふさわしいぞ、絶対。モニタはさすがの24ビット表示ということで、僕の2400とは比べ物にならないぐらいきれいな表示。うーむ、でもこれだけ重いものは毎日は持って歩きたくないなあ。

仕事が多忙でお疲れの兄様とは食事を終えてさよなら。タクシーに乗り込む兄様を見送って、僕とニナは六本木の交差点を目指す。





The Two Lonely People / Bill Evans Trio


しょぼしょぼと霧雨の降る中、約2年ぶりに六本木のレッドゾーンに突入。用もないのにぐるぐると歩き回る。まず驚いたのが、ちょっと前まで人で溢れていたスクエアビルへの路地にまったく人がいなくなっていること。夏休みというせいもあるのかも知れないが、それにしても一昔前までは、休日の竹下通りのような混雑ぶりだったのにね。スクエアビルも半分ぐらいの階にしかテナントが入っていないみたい。うーむ、時代ですなあ、と、ふと10年ちょっと前の、六本木ディスコ全盛時代の様子を思い出してしまったり。あの頃はディスコのサービス券配ってる兄ちゃんだけでもすごい人数だったよなあ。みんなどこに行ってしまったのだろうか。

さらに歩き続け、びっくり寿司の角をまがり、袋小路に入る。左手にあったあのGAS PANICがなくなっている。別の場所にGAS PANIC BARなどという店ができているが、あの暴走クラブはなくなっちゃったのね。ちょっと淋しいなあ。

なんだかあちこちの店がなくなっていることを確認して歩いているうちに、だんだん元気がなくなってきてしまい、しょぼしょぼと降る雨の中を僕達は外苑東通りを渡って、チャールストンの方へと向かう。



What are You Doing the Rest of Your Life / Bill Evans Trio


六本木通りの一本裏、ピラミデのある通りを西麻布に向かって歩く。どこも閑散としていて、まるで生気が感じられない。ピラミデもなんだか淋しそうな感じを漂わせている。そして。

ああ、Azulがなくなっている。僕がオープニングスタッフを勤めたバーが、なくなってしまっていた。ビル全体が廃虚のようになり、看板もついたまま、かつてのバブルの象徴のようなあの店も、ついになくなってしまった。ビルの荒れ方などを見ると、どうやらつい最近に閉店されたようだ。ああああ、寂しいなあ。でも僕なんかが二年も顔を出さない間に、六本木の世界もどんどん変化していったのだろう。致し方なし。

最初から今日の二件目は、あそこにしよう、とニナと決めていたのだが、これだけ立て続けに知っている店が潰れているのを目の当たりにすると、これから向かう店もひょっとしてもうないのではないか、などと不安になってしまう。なんとなく早足になりつつ星条旗通りを目指す。





So What / Bill Evans Trio


僕の実家からほんの30秒ぐらいのところにある老舗のバー、The Ship of Grapes。なくなってたらどうしよう、と心配して店へと近づく。ビルの上の階にあるレゲエクラブのPigeonは盛況のようで、看板を派手に新調したらしく、肝心の店の看板が良く見えない。緊張してビルの前に辿り着くと、あ、あった。良かった〜。地下への階段を降りようとすると、マスターが丁度店の中から顔を出した。うー、ほんとに良かった。じーん。



So What / Bill Evans Trio


じーん、はいいのだが、店の中に客がいない。金曜の夜、0時をちょっと過ぎたばかりだと言うのに、ガラガラ。店の中も、CDやビデオがカウンターの上に適当に山積みにされたりしていて、何ともちょっとすさんだ感じ。

マスターはずっと電話でタクシーの無線待ち。片手に電話、片手にボトルという状態で二人分の飲み物を作ってもらう。うーむ。

重厚な作りの店内、ほの暗い証明、それなのに何故か妙に明るいポップスが延々とかかっている。やがて客は僕達と怪しいヤクザ風のオッサンだけに。マスターはずっとそのおっさんにつきっきりで、なんとも寂しい感じ。うーむ、うーむ。

それにしても、この街を襲っている不況と言うのは、かなりスゴイものなのだと実感させられてしまう。街を歩いている人の数も極端に少なくなったし、潰れてしまった店も多い。一番不吉なのは、潰れた店のあとに、次のテナントが入らずに、そのまま放置されてしまっているところが多いということ。なんともいやはや、沈没船から逃げ出すネズミのようだなあ、これは。

夏の六本木の激しさに触れて元気になろうと思って出てきたのに、逆にどんどん感傷的な気分になってしまい、思わずこのまま帰ろうかと思い始めてしまう。だってさ、なんか外はしょぼしょぼと雨が降り続いてるしさ、知ってる店はどこも潰れてるかすっかり寂れてるかで、全然楽しくないじゃん、これじゃあ。

もう帰ってのんびり寝たいという気持ちが膨らみつつも、このまま帰ってはいかん、と自分を鼓舞し(何故)、会計を済ませて外に出る。

雨は止んでいたが、やはり人通りはひどく少ない。



34 Skidoo / Bill Evans Trio


The Ship of Grapesを出てちょっと行くと僕の実家がある。路地にニナと立って実家に電気が灯っている様子をしばらく眺め、猫のクリとマリの姿を思い出して無性に家に寄りたくなったが、ぐっとこらえる。前も酔っ払っていきなり実家に戻って、ひどく顰蹙を買ったしね。今日はやめておきましょう。

路地裏をぷらぷらと歩きながら西麻布へと向かう。行き先は今日の最終目的地、クラブ328

知り合いがDJをやっているから潰れていないことは確信していたけど、ひょっとしてすっかり模様替えされてたり、金曜の夜なのに客が全然いないで寂れてたりしたらどうしよう、とひどく憶病な気分になり、ドキドキしながら階段を降りて店に入る。328に来るのも二年ぶりかあ。最後に来たのは一昨年の8月2日、夏の匂いのする人と一緒だった。

入口の雰囲気も、ドアを開けて流れてくる空気の匂いも二年前とまったく同じで急に嬉しくなる。ロッカーに荷物と上着をしまい込んでいざフロアに。

カウンターの中に、328バンドのブルースハープのお兄ちゃんを発見して感激。ああ、二年ぶりだねえ。思わず握手したくなってしまう。店の中の様子も全然変わってない。カウンターで飲み物貰って、一番奥の、DJのブースが見えるあたりのサブカウンターの隅っこに二人で腰掛ける。店の中はぎゅうぎゅう詰めの大混雑。さっきまで見てきたあの寂れた街が嘘のように、ここだけは夏の街の狂気を十分に僕に見せ付けてくれる。

久し振りだから、体が慣れるまでは踊らずに、しばらくこの濃密で心地良い場の空気にじっくりと触れよう。



Blue in Green / Bill Evans Trio


しばらくニナと二人でカウンターに腰掛けてあたりの雰囲気を味わい、James Brownがかかったあたりから立ち上がってゆっくりと馴染ませるように踊る。残念だったのは、DJがナカジー様ではなかったこと。兄様の話しでは、「今日も11時からやってるんじゃない」とのことだったのだが。うーむ、夏休みなのかしら、ナカジー様。代役(?)のDJは、いまいち選曲がイカさない。そう思ってるのは僕だけじゃないみたいで、せっかく盛り上がる曲がかかって爆発しまくってるフロアが、すぐ次に白ける曲がかかるとスーッと人が引いていく。やっぱりナカジー様じゃなきゃダメでしょ、金曜夜の328は。

選曲はイマイチだったけど、2年ぶりの328バンドの演奏も聞けたし、それなりに踊ったし、やたらとキレイなお姉さんとも一緒に踊ったし、なかなか楽しかった。ニナも積極的に踊ってて、一人で詰まらなさそうにしてたらどうしよう、という僕の危惧を見事に吹き飛ばしてくれた。

それにしても328は不思議なクラブだ。外人が極端に少ないせいもあるのかも知れないが、妙な「親和力」が店全体に漂っている。踊っていて足を踏めば、みんな「ごめんなさい」と謝る。謝られた方は笑顔で応える。立っているとみんなが笑顔で声をかけてくる。ケンカが始まりそうになると、誰も煽ったりしないで、みんなで止めにはいる。健全なクラブって、すごく変な言葉かも知れないけど、でも本当に素敵な店。なごんでいながらもしっかりハイテンション。こんな居心地の良いクラブ、他にはなかなかない。

結局4時過ぎまで踊って、汗まみれになって店を出る。僕達が帰ろうとしていると、背後でBoys Town Gangの「君の瞳に恋してる」がかかってた。うん、やっぱり良いよ、328。いつまでもこのままで、ここにあって欲しい。

店を出るとまた霧雨。4時を過ぎているというのに、東の空にはまだ朝の予兆を見ることができなかった。

何となく首都高の轟音が懐かしく感じられ、霧雨の降る朝直前の空を、しばらく眺めてみた。

久々の、思い切りアッパー系の金曜日、328のおかげで満足して〆ることができた。うん、また来よう。










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