眠れぬ夜に 思うこと 不明編
1998年9月21日(月)
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Norwegian Wood / The Beatles
手を伸ばせば触れられるかと錯覚するほどに近く、
秋の雨に濡れる街も微かに色付くかのように、
ふと震え始めようとする心を引き締めるように、
僕はぷかりぷかりとタバコを吹かしてみる。
タバコの甘い薄紫の煙は微かに漂うコロンの香りと静かに溶け合い、
僕の意識から現実感がゆっくりと遠ざかり、
ふと手を放すと僕の心はふわりと秋の雨の中を彷徨いはじめ、
遠く彼方に置き忘れてきた大切なものを思い出すために旅に出る。
透き通る美しさと滑稽なほどの幼さがひそかに憧憬の想いへと変化するように、
雨の夜を旅する僕の心は遠い昔に強く感じた震えを思い起こし、
オーク材のカウンターの上で戯れる指と指がアルマニャックの酔いに溶けていく様子を思い描き、
スポットライトに照らし出される人々の姿を愛しく思う。
「ねえ、まるで、ノルウェイの森みたいでしょ」
微かに届くその声に導かれるように僕の心は肉体の殻を破りふわりと飛び立とうとしている。
鬱蒼と繁る針葉樹の森の上で無邪気にはしゃぐ心が二つ。
永遠に夜が終わらないことを願いつつ秋の夜の雨を窓の外に眺めながら、
僕はぷかりぷかりとタバコを吹かす。
眠れぬ夜、秋の夜長の不明編。あなたに届け。