秋の夜長に 思うこと  自閉編



1998年11月19日(木)晴のち大雪

天気予報を見ていて、何となく嫌な予感はしていたのだ。秋田県地方、木、金、土と全て雪マークが出ていた。

そして今日、僕は秋田へと出張に向かった。ブチョウと共に。

昼に177に電話をかけると、秋田県には大雪警報だの風雪警報だのと、これでもかというほどの警報めじろ押し状態だった。この時点で、羽越線は遅れるかも知れないなと覚悟をした。羽越線は日本海沿岸を走るので、大雪の時にはよく汽車が遅れるのだ。

昼休みが終わってそろそろ出かけようかと言うころになって、チケットの手配をお願いした代理店のお姉さんから電話が入る。「羽越線で倒木があって、列車が止まってるみたいです」とのこと。

とりあえずお礼を言って電話を切り、JRの新潟駅に電話してみると、確かに羽越線があつみ温泉駅付近で倒木があったために止まっているとのこと。復旧については、「分からない」を繰り返すばかり。

仕方がないので続いて羽後本荘駅に電話してみる。返ってくる答えは新潟とまったく同じ、「分からない」ばかり。

どうにも埒が明かないので、とりあえず東京駅まで行ってみようということになり、ブチョウと二人でカイシャを出る。13:30。

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東京駅について、新幹線の改札の駅員に事情を聞くと、やはり羽越線は止まったまま。気になるのは復旧の予想。14時現在止まっていても、我々が新潟に着く16時半の時点で動きそうならば何の問題もない。だが、ビジネスホテルの件数が少なくて飛び込みで入りにくい新潟に足止めを食うのは是非避けたいところ。

駅員は「羽越線の復旧は怪しいから、秋田新幹線で秋田に出て、羽後本荘まで普通列車で行きなさい。普通列車は動いているから」と言ってくれた。僕としても新潟で足止めは嫌だったので、チケットを変えてもらって秋田新幹線に飛び乗る。これが14:56。

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秋田新幹線はいつも通りの混雑で、指定券が手に入ったのは僥倖というべきかも知れぬ。籠に入れられて乗ってきたアメリカンショートヘアーの子猫が籠から逃げ出して車中を走り回ったりして和む。それにしても、秋田は大雪というのが全然信じられないような良い天気&暖かさ。

宇都宮を過ぎたころから北の方にどんよりと分厚い黒い雲が見えてくる。あの雲が雪を降らせているのだろうかなどと思っていると携帯に電話。突然降って湧いたようなトラブルが発生し、仙台から盛岡の間はほとんどデッキで電話して過ごす。トンネルに入るたびに携帯の電波が切れて無性にイライラする。

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盛岡を過ぎて田沢湖線に入るころになってようやくトラブルは今日の分は解決。まあ根本的な部分では明日以降なのだが、とりあえず今日の分はオシマイ。席に戻るとブチョウがビールを買っていてくれたので、ありがたく頂く。ようやく仕事が終わったような気分になる。

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角館を過ぎたあたりから俄然雪が多くなり、秋田市内も雪化粧。でも、正直言って電車が止まるような大雪って感じじゃない。ブチョウと二人で「JRは怠慢だ」などと暴言を吐きつつ新幹線は無事秋田駅へ。

一時間の待ち合わせで羽越線の普通列車があると車内アナウンスしていたので、とりあえず駅の近くで鍋でもつついて過ごしてから移動しようということで一旦途中下車。

ところが、改札のところで妙なアナウンスをしている。「羽越線は全て運転を見合わせております」だと!!!

慌てて駅員に確認したが、倒木のせいで羽越線は全面的に止まってしまっているらしいということしか言ってくれない。どうして昼前に倒れた木が夜の7時になってもどかせないんだよ、どうして山形で倒れた木のせいで秋田まで汽車が止まるんだよ。

ぶーぶー言っても汽車が動くわけじゃないので、諦めて二人で駅の近くできりたんぽ鍋だのとんぶりだのをつついてしばらく時間を潰し、非常手段としてタクシーで羽後本荘まで出ようということになった。店の中居さんとも話したのだが、「あー、30分もありゃ行くんじゃないかい」ということだったので、まずは一安心。ホテルにも連絡を入れておく。

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鍋食べて熱燗飲んでたっぷりあったまって、さてタクシーに、ということで乗り込む。念のため「本荘まで行ってくれる?」と確認したら、「あいよー」とのこと。やれやれ、どうにかメドが立った。

タクシーが走りだすと運転手はすぐに無線であちこちに連絡。「本荘への道の状態を教えてくれろ(方言は立花の創作)」と問いかけると、「7号(海沿いの国道)は全然ダメじゃあ」と無線の答え。「つまっとるかの」との問いに、「雪で立ち往生しとって全然動いとらん」との答え。うーむ、雲行きが怪しくなってきた。

初老の運ちゃんは無線でどこか別のところに連絡をとっている。「国道がダメだからよ、秋田空港の方通って山の方から行くからよ」とまだ余裕の表情。

運転手「あのよ、○○さんがよ、3時間ぐれえ前に山超えて本荘さ行ったんだけどよ、道がどんなだったか教えてくれって伝えてくれろ(方言は嘘です)」
無線の向こう「少々お待ち下さい」(若い女性の声)
運「あいよー」
・・・しばしの沈黙・・・ 無「△△さん、どうぞ」
運「あいよー」
無「○○さんは、行ったきり身動き取れなくなって、まだ戻ってきてません」
運「・・・・・」

というわけで、運ちゃんは車を路肩に止め、こちらを振り向いて言った。
運転手「お客さーん、どうしましょ。どっちの道もだみだー(だめだ)」
立花「うーん、困りましたねえ」
部長「zzzzzz(酔いつぶれて寝ている)」
立「道は他にはないんですかね」
運「国道も山越えもだみだから、他には道はねーなー」
部(突然ガバっと起きる)「いいから行ってくれ(怒鳴っている)」
運「いや、だーかーらー、道がどっつも(どっちも)・・・」
部「(遮るように)道のことなんか知らん、俺が行けっていったら行くんだよ!!!」
運「(絞り出すように)はいよ」

かくして、僕を乗せたタクシーは大雪の羽後本荘を目指して山越えのルートへと踏み込んだのであった。そう言えば道に積もる雪も、市内を出るとこころなしか深くなったような気がして、ちょっとばかり背筋が寒くなったような気がした。

(つづく)

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(つづき)

運転手はブチョウの喝を浴びて以来押し黙ったまま黙々と山へと向かっている。小降りになった雪がフロントグラスにあたり、舞い上がっていく。ブチョウはいびきをかいて眠っている。僕は窓の外を眺めつつ、どうしようかなーと考えている。

やがて右手に一軒のコンビニが見えてくると、運ちゃんはいかにも決死の覚悟でという声色で言った。
「徹夜の山越えになるかもしれんから、おら弁当買ってくる」
僕は多少ずっこけつつも、あー、これは本当に行きたくないんだなと感じてはいたが、まだ道は平らだから、もうしばらく放っておこうと思った。何しろ市内から出てもまだそんなに雪は多くなくて、暖かい東京から出てきた僕としては、山越えが不可能というほどの雪がこのあたりに降るということ自体にまだ実感が持てなかった。

運ちゃんは本当に弁当を買いに出ていった。その間もメーターは回りっぱなしである。そりゃちょっとないよな、などと一人で覚めていたのだが、相変わらずブチョウは隣でグーグー眠っている。

やがて運ちゃん弁当を手に戻ってきた。そして言う。
「お客さん、これは、本当にとんでもないことになるかも知れんから、おらはほんとは行きたくないだよ。どうしても行かなきゃならんて言うなら、お客さん、山の中で徹夜すること覚悟してくれなきゃいかん」(眼は涙目になっている)
こんな雪の中で徹夜というのも車が動いてさえいればなかなか話の種になって楽しそうだとも一瞬思ってしまったのだが、一晩タクシーの中で過ごしたら一体料金は幾らになるんだと計算してウンザリした。明日の夜の接待費が軽く吹っ飛ぶ。

僕はまだ実感がない。車が全然走れないような雪がこの先にあって、普段だったら30分で行けるところに行けないということが、どうしても納得できないのだ。

「じゃあ海沿いの国道行きましょうよ」僕は言った。
「徹夜になってもかまわねえんだな」運ちゃんは再び涙目で言った。本当なら首をぶんぶんと振って両手を振り回し、イヤイヤとしたそうな気迫である。それを見ていて僕は雪が怖いというよりも、何だか運ちゃんが可哀相になった。

車を路肩に止めてもらい、携帯でニナに連絡する。
「秋田で足止め食っちゃってさー、本荘まで辿り着けないんだよ。悪いんだけど、秋田市内のビジネスホテル探してくれるかな」
「いいよ。じゃあ携帯に折返し電話入れるから」ニナがそう言って電話を切った瞬間、ブチョウがようやく我に帰った。
「なんだそういうことか」ブチョウはそう言うと、懐から携帯を取りだし、コネの利くホテルに電話してさっさと予約を入れると、運ちゃんに愛想良く「○○ホテルまでやってくれ」と言い、うまそうにタバコを吹かした。

運ちゃんは、ヤケクソのように「はいよー」と明るく答え、勢いよくUターンした。



そして今僕は、秋田市内の某一流ホテルのツインルームを一人で占領し、ずらりと並んだミニチュアボトルの中からジャックダニエルを選んでロックでちびちびやりつつ、こうして日記を書いている。

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部屋でテレビをつけたらニュースをやっていて、羽越線の不通は単なる倒木ではなくて、倒れた木に特急が突っ込んだ事故だったとのこと。だったら最初からそう言ってくれればいいのに。どうしてハッキリ言わないかな、JR。

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ついでにニュースで、国道7号線の様子を流していた。わはははは、こりゃ運ちゃん涙眼になるな。ハッキリ言って、あれじゃあホントに徹夜になっちゃうかもっていうぐらいの雪だった。何でも観測史上最高だとか言ってたゾ。

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そんな訳で、思わぬ雪中行軍となってしまった今回の秋田出張。果たして明日は目的地の象潟に辿り着けるのか。それとも我々二人は吹雪の中倒れてしまうのか。

明日の日記を震えて待て(寒いのか)。








 

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