凍える夜に 思うこと  抱擁編



1999年3月1日(月) はれ

自堕落な自分を頭の隅に追いやってサラリーマンの鉄仮面を被るのは比較的得意なはずなのだが、今日はどうにもうまくいかない。

頭の中が、もっと遊びたい、もっと遊びたい、とそればかり繰り返す。

そんな日は、中央線のラッシュがいつもにも増して不快に感じ、せっかくの宮本輝の「真夏の犬」(宮本輝ってある意味で本当にスゴイおっさんだと思う)もイマイチ心に染み込みきれない。

こんな日は、天王洲のビルが固く、そしてやけに大きく感じる。なんなんだこの無機的な塊は。僕はいったい何をしにここにやってきているんだろうか。この巨大な塊を操るのは、もはや血の通う人間ではなく、超ハイスペックなコンピュータなのだと思うと、自分の足がずるずると地面の中に吸い込まれていってしまうような錯覚を覚え、柔らかな肉体を持つ人間がこんな巨大な塊に立ち向かってもどうしようもないじゃないかまるで自分はドンキホーテみたいじゃないか、などと感傷的猿になりきってみたりする。

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首の回りに感傷的気分を思い切りまきつけたままオフィスを出て家路につく。このまま家に帰ると感傷的猿的一日だなあ、と思ってトボトボと歩いていると、JRの市ケ谷駅でバッタリと僕の大学の(文学の)恩師であるPeter Evansと出くわす。

相変わらず変人の見本みたいな人だな、などと思いつつ10分ぐらい立ち話をし、近いうちに会おうという約束をして別れる。これでずいぶん気分が変わった。

ああ、もし彼が日本人だったら、僕が書いた小説を真っ先に読んで貰えるのに、などとまたしてもすぐに感傷的気分に落ち込むのを何とか持ち上げる。Evansがもし僕の小説を読んだら、いったいどんなコメントをくれただろう、なんて考えると、ちょっと楽しい気分になった。

吉祥寺でニナと待ち合わせして、パスタだのトマトソースだのを購入してから帰る。トマトソースのパスタ、ズッキーニとベーコンと茄子入り。おいしゅうございました。

風呂に入ったりなんだかんだとやっているうちに、いつの間にかすっかり元気になっていて、今日一日のあの感傷的気分は一体なんだったのだろうなどと、不審に思って過ごしていた。

でも日記を書き始めたら、やっぱり感傷的一日だったということを実感し、何故かちょっとホッとした。

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4月10日開催予定の「思うこと3周年オフ」については、こちらに(ファイル更新しました)。









 

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