思うこと


2000年8月7日(月) くもり 時々 雨

屋久島旅行 3日目

午前3時45分にタイマーが鳴る。朦朧とした意識で起き出し、窓の外を見る。まだ窓の外は真っ暗だ。やはり東京よりもずいぶん西にいるため、日の出の時刻がずれる。

ニナも目を擦りながら起きてきて、リュックに雨具、軍手、着替えなどを詰め込み、約束の4時半ちょっと前に旅館の外に出る。ひんやりとしていて、外は涼しい。

4時半ピッタリにガイドの日高さんが車でやってくる。同行する3人の方々と挨拶し、車に乗り込む。ガイドの日高さんを除くと、僕以外は全部女性だ。

島を約半周、車で突っ走る。途中で徐々に夜が明け始める。明け行く山並みを、低い雲が流れていく。

安房から山道に入り、荒川登山口で車を降り、弁当で朝食。時計を見ると6時過ぎ。到着と同時に雨が降り出し、全員カッパを着込む。登山口は混雑している。日高さんの話だと、今日は100人程度の人が登る予定だという。

6時15分に日高さんの「頑張りましょう」という掛け声と共に登山開始。登山の経験がまったくと言っていいほどない我々も、期待と不安を抱えつつ歩き始める。

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歩き始めて2時間、8キロほどは、昔のトロッコ軌道のレールの上を歩く。勾配はそれほど厳しくない。景色がいいので写真を撮りたいのだが、足元は枕木なので、よそ見をする余裕はない。時折雨が降るので、カッパを着たままだ。気温は東京に較べればずっと涼しいのだが、それでも勢いよくずっと歩き続けているので汗が体中から吹き出し、雨具の内側が汗でベトベトになり気持ちが悪い。

途中、何度か鉄橋を越える。手摺りも何もない状態で、枕木の上に木の板が渡してあるだけの橋で、これがものすごく怖い。橋の下は、はるか下の方に水が流れる谷で、落ちたら絶対死ぬ。板の幅を考えれば、まっすぐ歩けば落ちるはずはないのだが、それでも意識が一瞬遠くなる。唇を思い切り噛み、意識をはっきりさせ、何とか渡りきる。

トロッコ軌道がめちゃくちゃに壊れている場所から、本格的な登山道が始まる。小学校で登った高尾山や、中学校やカブスカウトで登った長野のちょっとした山とは比べ物にならない、猛烈な山道。木の根と岩を足場にして、よじ登る。あっという間に体中が汗まみれになり、息が上がる。ガイドの日高さんは淡々と進んでいく。

30分ほど進むと、「ウィルソン株」に到着。ここで休憩。沢の水が汲めるようになっていて、空になったペットボトルに水を満たす。冷たくて美味しい。既に腿の筋肉がパンパンに張っている。写真を撮りたいのだが、カメラを構える気力がない。休憩に入るとすぐに激しい雨が降り始める。この辺りから、雨と自分の汗の区別がつかなくなる。靴も中まで泥と水でぐしょぐしょになっている。あとどれぐらい歩くのだろう。

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短い休憩が終わり(長く休むと体が冷えてしまい動けなくなる)、再び登り始める。登山の準備を全くしていない家族連れが、途方に暮れた顔をして、折畳み傘をさして分岐点で佇んでいる。ガイドの日高さんに、「どっちに行ったら楽でしょうか」と母親らしい女性が尋ねる。「どっちに行ってもキツイよ」と日高さんが答える。やっぱりな。ここは高尾山じゃない。世界自然遺産、屋久島の、それも原生林を登ってるんだ。これで楽な訳がないじゃないか。自分に言い聞かせる。ユース・ホステルから参加しているらしい若い女の子が、「あと何分ですか?」と日高さんに声をかけてくる。「何分かは言えないけど、歩かなきゃ着かないよ」との返事。まだまだ先は長い。

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ウィルソン株を出ると、今までよりも更に急峻な山道の連続。木の根を踏み、岩にしがみつき、ひたすら登る。時折川の音が聞こえ、時々野鳥の声が聞こえるが、視線を向ける余裕はまったくない。僕のすぐ前を歩くニナと、その前を歩くガイドの日高さんの足の動きだけを見て、次の足場を探す。

どれぐらい歩いたのか、自分が今どこに向かって何をしているのかも分からなくなってきた頃に、日高さんが「あと10分ぐらいだぞ」と皆に声をかけてくれる。現金なもので、急にみんな元気が出て、わっせわっせと雨の中を登る。そして10分後、木で出来た展望デッキが目の前に現れる。しかし、最後の駄目押しとばかりに、100段近い急な階段が僕達を待っていた。両手を手摺りにかけ、ヒーヒー言いながら階段を上る。参加5人のうち、最年少で日高さんのお孫さんの女の子(11歳)が一番元気で、階段を物凄い勢いで駆け上がっていく。すごいパワーだと驚くばかり。

推定樹齢7,200年(異説多々あり)、聖徳太子よりも、卑弥呼よりも前の時代から、黙してそこに在り続けた縄文杉は、降りしきる雨の中に圧倒的な存在として霧に煙る。

ほんの一瞬縄文杉に見とれるが、食事をする山小屋に移動するため、また山道を登る。10分ほど登ったのだが、この道がまた笑っちゃうぐらいにキツい。高塚小屋というブロック造りの小屋に、転がり込むように辿り着く。これで何とか半分終わった。汗と雨でぐちゃぐちゃになっていた雨具の上着を脱ぐと、ベッタリと肌にはりついたTシャツから、もうもうと湯気が上がった。

高塚小屋の標高は約1,300メートル。気温は恐らく20度前後だろう。勢いよく湯気を立ち上らせた体も、雨と汗に濡れてすぐに冷える。冷え始めると、ガタガタと震えるほど寒い。全員慌てて洋服を着替える。着替えを忘れてきたら、地獄だな、これは。雨具も、ポンチョではなく、上着とズボンが分かれているタイプのものを用意しろとガイドブックに書いてあった通りで、ポンチョで登るのはすごく辛いだろうと思う。きちんと用意してきて、本当によかった。

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日高さんがお湯を沸かし、味噌汁を作ってくれ、弁当を食べる。参加者のうちの一人の女性が食欲が出ないらしく、それを見た日高さんは「しっかり食べないと歩けないぞ」と喝を入れる。温かい味噌汁が体を温めてくれる。さらにコーヒーも入れてもらい、砂糖とクリームをたっぷり入れて飲む。涙が出るほど美味しい。黒砂糖やミカンも配られた。甘いものが、こんなに有難いとは思わなかった。

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食事を終え、煙草を一本吸うと、もう出発。もう少し休みたいと願いつつも、再び雨具を着込み、靴を履く。雨は上がった。

下りの方が辛いだろうと予測していたのだが、予想に反して下りの方が大分楽だ。ただ、急峻な道を降りていくと、膝や足にダメージがどんどん溜まっていき、すぐに膝が笑ったような状態になってしまう。足が高く上がらなくなり、木の根や岩につまずきやすくなる。さっき降った雨で、行きには道だったところが、帰りには川になっていたりする。もう靴なんかどうでもいいので、みんなジャブジャブと水の中を歩いて進んでいく。

帰りは、日高さんは度々立ち止まり、名所や植物について、色々と説明をしてくれる。ガイドのコツとして、行きは一気に登ってしまい、楽な帰り道に説明をした方がいいと教えてくれた。確かに、行きにあれこれと説明をしてもらっても、みんな余裕がなくて全然頭に入らないだろう。

行きと同じ道を下り、登山道が終わったところで休憩。また雨。煙草を吸い、沢で汲んだ水を飲み、ほっと一息。楽なトロッコ道に入ってからは、あれこれと冗談を言いあったり、写真を撮りあったり。でも、楽とは言っても、歩きにくい線路の上を、ダメージを受けた足で8キロ下るというのはキツい。さっきまで一番元気だった11歳の女の子がばててきた。無理もないよな。

足が棒のようになり、再び体を汗が覆い始めた頃、ついに終点の登山口に到着。時計を見ると午後3時45分。9時間30分の登山が終了。ガイドの日高さんとガッチリ握手して、記念写真を撮ってもらう。近来経験したことのない激しい疲れと、これまた生まれてからで最高ではないかと思うぐらいの充足感。そうか、登山というのは、こういうものなのか。

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日高さんの運転する車で宿に戻る。途中あれこれと話を聞かせてもらう。この人、多分60歳前後かと思われるのだが、8日連続でガイドで登ったことがあるという。幾ら慣れているとは言え、9時間の登山を8日連続というのは、ちょっと人間とは思えない。ちなみに明日も明後日も登るという。おそるべきオヤジを発見したものだ。

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宿に戻りゆっくり風呂に浸かり、ガチガチに強張った体を少しずつほぐしていく。宿のおかみさん達も、「お疲れさまー」とみんなで声をかけてくれる。食事の時、福岡から来たという若いカップルに、「どんなでした?」と尋ねられ、ビールの酔いもあって武勇談を喋りまくる。部屋に戻って屋久島名物の焼酎「三岳」を飲みながらも、まだ興奮が覚めずにニナと二人で今日一日の出来事を喋りまくる。疲れているからすぐ眠れるだろうと思っていたのに、結構夜更かしをした。

それにしても、強烈な体験だった。来年もまた登りたい。来年は、もっと体を鍛えておいて、楽に登って、景色を楽しみたいものだ。

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今日の体重:?(12月23日スタート時95.8キロ、今月の目標87キロ)、今日の体脂肪率:?パーセント(12月23日スタート時28.8パーセント)

今日のジョギング:0キロ、0分、心拍数ターゲット0(今週累計0キロ、今週の目標0キロ、今月の累計0キロ)。

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