みこさんの家は、もの寂しい住宅街にあった。タクシーがそこに辿り着くまでの間、車窓からはまだ完成して10年も経っていないような新興住宅地の相似形のつるつるした家並みが飛び込んできていたが、大通りを右折して細い路地に入ると、古びて不統一な昔からの住宅地へと町並みが変化した。

「散らかってるわよ」みこさんは黒いペンキが剥げ落ちかけた小さな鉄製の門を開けながら言った。家はブロック塀に囲まれ、玄関までの間に小さな庭があった。庭は家の裏側へと続いているようだったが、暗くてしっかりと見ることができない。

玄関の内側には無造作に様々なものが無造作に積み上げられ、本来の玄関としての機能は半ば失われつつあるように思えた。靴箱、古いテレビ、水の入っていない水槽、ダイヤル式の黒電話、そんなものが、何か不吉なものの象徴でもあるかのように、玄関の脇に積み重ねられていた。

「ごめんね、ホントに散らかってるでしょ。この家、もうダメなのよ」
「うん」僕は曖昧な返事をした。何がどうダメなのかはさっぱり分からなかったし、詮索するようなことを言っても仕方がないと思った。第一僕の頭はアルコールと音楽で痺れたまままだ回復しておらず、気の利いたセリフが出てくるとは到底思えなかった。

2階にあるみこさんの部屋は、玄関の雑然としたイメージとは正反対に、やけにがらんとして無機的な雰囲気が漂っていた。何かひどく簡略化されたか、もしくは大切なものが決定的に欠けてしまっている、そんな感じの部屋だ。僕は床の上のクッションに座り、タバコに火をつけた。みこさんは飲み物を用意してくると言って出ていった。ぐるりと部屋を見回す。やたらと空間が多い部屋だ。ところどころ、かつては家具が置かれていた形跡が残る部分や、ずっと貼られていた大きなポスターが剥がされたらしい、壁の色の相違が見えた。みこさん1人が眠るには大きすぎるベッドとアップライトのピアノががらんとした部屋の中で異様な存在感を見せ付けていた。

みこさんが封の切られていないワイルドターキーのボトルを持って戻ってきた。ロックグラスに勢いよくバーボンを注ぎ、僕達は乾杯した。みこさんはベッドに腰掛けていた。

「ねえ、何かおつまみあった方がいいかしら」
「いや、結構飲み過ぎちゃったみたいだし、あんまり食べたくないからいいよ」
「そう?、立花君、そんなに酔ってるの?」
「うん、結構ね。さっきみこさんが出てくるまでの間に、店の横で吐いちゃった。吐いたら楽になったけど」僕は後頭部を撫でながら言った。まだ後頭部の奥の方が痺れているような気がする。
「ホントに?全然気付かなかった。わたしも結構酔ってるからかしら。まだ飲める?」
僕は黙ってロックのグラスを口に運んだ。乾いた口の中に流れたバーボンはそのまま素直に喉の奥の方に落ちていき、胃を微かに温めた。胃は痙攣しなかった。
「うん、大丈夫みたい。まだ飲めるよ。もう目も回ってないみたいだし」僕がそう言うとみこさんは微笑み、自分もグラスを傾けた。

小さなラジカセで、みこさんは古いジャズを流した。ごめんね、この部屋、ステレオがないのよ、みこさんはそう言った。謝る必要なんてないのに、僕はそう思いながら、静かに流れるジャズを聴いた。ツェッペリンの大音響で痺れた耳に、静かに流れるジャズがひどく心地よかった。

僕達はぽつりぽつりと話をしながら、バーボンを飲み、タバコを吸った。家の中はシンと静まり返っていて、他に誰か人がいるのかどうか、眠っているのか、さっぱり分からなかった。ラジカセのテープが一周し、僕が山積みになったテープの中からビルエバンスを選んだ。そして僕はみこさんの隣に座った。みこさんは僕の肩に頭を寄掛らせたまま、しばらくじっとしていた。小さな両手で包み込むようにしたグラスの中で、氷が静かに溶け掛かっていた。僕達は何も言わず、じっと寄り添ったままベッドの上に座っていた。

やがて僕は静かにみこさんの肩に手を回した。みこさんが顔を上げ、ぎこちなく微笑んだ。僕はゆっくりと顔を近付け、みこさんの微笑みを残像に残したまま目を閉じ、それから僕達は静かに唇を重ねた。しっとりと濡れた唇がゆっくりと開き、熱い舌が僕の舌に絡みついてくる。みこさんの舌が僕の歯茎をなぞったり、舌の裏側をくすぐったりする。みこさんの息が熱く湿っている。静かにビルエバンスのトリオが流れている。

みこさんは立ち上がると部屋の電気を消し、小さなスタンドを灯した。青白い蛍光灯の光が消え、柔らかい白熱灯の光に部屋が包まれると、みこさんは僕の服を脱がせ始めた。一枚ずつゆっくりと、みこさんの小さな手で僕の服は脱がされ、そして無造作に床の上に放り投げられた。そして僕は裸になった。熱く固く存在を誇示するかのように、僕のペニスは裸の僕の体の中心で、みこさんに向かって鋭く尖っていた。

「立花君、体を見せて」みこさんの声はかすれていた。僕はベッドから降り、スタンドの乳白色の光を浴びながらみこさんをまっすぐに見つめて立った。頬を紅色に染めたみこさんの瞳にはスタンドの乳白色の光が映っている。瞳はゆらゆらと揺れ、煌めいている。
「立花君、後ろを向いて」僕は言われるままにみこさんに背中を向けて立った。目の前にはポスターが剥がされた後のついた白い壁があり、スタンドに照らされた僕の影が大きく映っていた。やがて背後でみこさんが立ち上がる音が聞こえた。みこさんは両手で僕の胸を抱き、そして背中の中心に唇をつけ、そのまま腰に向かって唇を這わせた。僕は振り向き、みこさんと向きあい、そして抱き合った。激しく勃起したペニスの先端がみこさんの胸のあたりにあたり、みこさんは小さく呻いた。そして僕は跪き、みこさんの洋服を脱がせていった。豊かな乳房が露になると、僕は小さく尖る乳首に唇をつけた。みこさんは体を固くした。そして僕はみこさんのパンティーを一気に足首まで降ろした。



僕達はベッドの中で抱き合った。みこさんの細くて小さな指が僕のペニスに触れ、しっかりと握った。みこさんは「すごいね」と溜息のように言った。それからみこさんの指が僕の睾丸を包むように動き、肛門を何度か刺激した。僕は小さく喘いだ。僕はみこさんの両足を開かせ、性器に指を触れた。みこさんのヴァギナは熱く濡れていて、性器から溢れる粘液は肛門を伝って太股の方まで達していた。ヴァギナに触れるたびに、みこさんの体はビクンと反応し、僕の指はヴァギナに包み込まれるように奥へと向かった。



僕はゆっくりとペニスをみこさんの中へと進めた。みこさんの額には汗が滲み、瞳はキラキラと輝いていた。僕が一番奥までペニスを埋めてしまうと、みこさんは僕の背中に手を回し、体を反らせて僕にぴったりと抱きついてきた。そして僕が動き始めると、みこさんは両足を僕の腰に絡み付け、両手を僕の首に絡ませたまま、長く喘ぎ続けた。切ないような急激な快感がそれまで酔いで痺れていた僕の後頭部を一気に覚醒し、僕は嗄れた喘ぎ声をあげ、動きを速めた。突き上げるような快感の中で、僕はみこさんの乳房を見たいと思った。僕は上体を起こし、動きを速めながらみこさんの乳房を両手で掴んだ。みこさんの顔が歪んでいる。僕の額から汗が流れる。みこさんの喘ぎ声が高まり、僕の口からも声にならない声が漏れ、みこさんが体を硬直させたのに続いて僕は射精した。それまでマスターべーションで経験していたどんな射精とも異なり、体全体がふわりと浮かび上がるような、長く熱く続く射精だった。



僕達は順番にシャワーを浴びた。僕は階下に誰かいるのではないかとびくびくしていたのだが、みこさんはそんなことまったく気にしていない様子で、裸のまま僕をバスルームに連れていき、バスタオルを用意してくれた。この家には誰もいないのかな、僕はそう思いながら熱いシャワーを浴びた。シャワーを浴びているとさっきの性交のことを思い出し始め、10分前に射精したはずなのにもうペニスは固く勃起していた。湯気の中で激しく勃起するペニスを見つめていると、何となく頼らし気で、僕は少しだけ嬉しくなり、丁寧に石鹸でペニスを洗った。



シャワーから出ると、僕達はベッドの上に寝転んでまたバーボンを飲み、話をした。さっきまで部屋の中にあった一種の緊張感のようなものがセックスによって全て洗い流されたようで、僕達はすごく親密な気分になっていた。風呂場から戻ってきた僕のペニスが再び勃起しているのを見て、みこさんは目を丸くして、そしてそれから声を出して笑い、すごいわね、と言った。

「シャワー浴びてるときさ、誰かが起きてくるんじゃないかって心配しちゃったよ」僕が言った。
「あ、それは大丈夫。だってこの家、今はわたししかいないんだから」みこさんはタバコを指に挟み、細く煙を吐き出しながら言った。
「こんな大きな家に一人なの?」僕はストレートに質問した。
「そう。妹は彼氏と一緒に住んじゃってるし、お母さんは離婚しちゃったからいないし、お父さんは入院しちゃってるし。で、わたしも家を出ようとしてたでしょ。だからもうこの家、ハッキリ言ってメチャメチャなのよ。玄関なんかひどいでしょ。誰もこの家に対しての思い入れがないのよね、もう。みんなバラバラの方向を向いちゃっててね。まあ、お父さんが戻ってくればまた少しは片付くのかも知れないけど、多分無理ね。ねえ、立花君のお父さんて、どんな人なのかしら?」
「いや、うちも両親離婚しちゃってるから、父親は一緒にいないんだ。もう随分前に別々になっちゃったから、これと言ってどんな父親だったかって、良く憶えてないんだ」僕は言った。みこさんは、そう、と言ったまま、タバコの先端をしばらく眺めていた。僕は彼女の顔を見つめたまま、バーボンを2口ほど飲んだ。口の中の感覚はもうとっくになくなっていて、バーボンを飲んでいるのか水を飲んでいるのか、良く分からなかった。ただ、さっきまでのネバネバした後頭部の痺れはスッキリととれ、気分が良かった。

「ねえ、立花君って、今18歳よね」みこさんが声のトーンを明るく切り替えて僕の方を見て言った。口元に微笑みが浮かんでいる。
「そう。7月で19歳」
「立花君、今までに何人ぐらいの女の人とセックスしてきたのかしら」みこさんは悪戯っぽく微笑みながら言った。彼女の掌が僕の背中を撫でている。
「今夜が始めて」僕は照れながら言った。
「嘘つき」みこさんの掌が僕の背中をピタピタと叩いた。
「ホントだってば」僕は傷つきながら言った。
「絶対に嘘。顔色一つ変えずに『今夜が始めて』なんて言ったってダメよ。正直に言いなさい」みこさんの口調がさっきまでとは微妙に変化している。お姉さんみたいだ、僕はそう思った。
「ホントだよ。僕男子高だったしさ、まわりに女の子いなかったし」
「ふーん。好きな女の子もいなかったの?」
「好きな女の子は何人かいたな。でも全然相手にされなかった。何か僕ってそういうの、あんまり得意じゃないみたいでさ」僕は恥ずかしかった。今までこういう話を他人にしたことがなかった。でも何故かひどく自然に本当のことが言えてしまう自分がくすぐったくて、照れ隠しにバーボンを口にした。
「そっかー、はじめてかー」みこさんは思案気に呟いた。
「どうしたの?」僕はみこさんの方に体を向けて言った。窓の外を暴走族風にマフラーを改造したバイクが1台だけ、空吹かしを繰り返し走り去る音が聞こえている。
「うん?いや、だってほら、童貞君にわたし、イかせてもらっちゃったのかーって思ってね」みこさんの頬が赤く染まっている。アルコールのせいなのか、照れているのか、僕には良く分からなかった。
「ねえ」みこさんはそう言いながら僕の肩に手を回してきた。僕達はベッドの上で抱き合った。緊張感のない、柔らかい抱擁だった。ラジカセがパチンと言う音をたてて止まった。僕はみこさんの滑らかな背中を抱き寄せた。
「ねえ、ゴツゴツして痛い」みこさんが僕のペニスに手を伸ばして言った。
「そんなこと言われても困る」僕は笑って言った。みこさんも笑った。
みこさんの指がペニスに絡み付き、静かに動き始めた。僕は仰向けになり、みこさんの手が自由に動けるようにした。「すごいね」みこさんは再び呟き、溜息をついた。そしてニッコリと微笑むと静かに上体を屈めて固いペニスの先端に唇をよせた。僕のペニスの先端からは透明な粘液が溢れていた。みこさんは唇でその粘液を掬い、そして舌でそれを僕の亀頭に撫付けるようにした。赤い舌がペニスを這う姿を、僕は見つめていた。ペニスが亀頭を這う度に強い快感が押し寄せてきた。やがてみこさんはペニスを深くくわえ込み、顔を動かし始めた。口の温もりと舌の感覚が渦のような快感となり僕はアッという間に登り詰め、みこさんの口の中に射精した。射精した後もみこさんの舌は僕のペニスに絡み付いたまま、しばらくじっとしていた。やがて彼女は体を起こし、ぎこちない笑みを浮かべた。
「わたしも今日が初体験」みこさんは口元を指で拭いながら言った。
「何が?」
「男の人の精液飲んだの、立花君のが最初」みこさんは口をあーんと開いて見せた。口の中に精液は残っていなかった。精液を飲んで体に害はないんだろうかと僕は少し不安になったが、ビデオやなんかで男の精液を飲んでる人がいるんだから、多分問題ないんだろうと思った。

僕達はじっと黙ったままベッドの上で抱き合っていた。やがて僕を抱いていたみこさんの手から少しずつ力が抜け、静かな寝息が聞え始めた。僕はスタンドの灯を消し、暗闇の中でみこさんの寝息を聴いていた。車の音もなく、部屋は静寂に包まれていた。みこさんの寝息が僕の肩口に軽く当たっている。滑らかなみこさんの体に包まれるような錯覚を抱きつつ、僕もいつの間にか眠っていた。



ふとした拍子に僕は目が覚めた。部屋は薄暗かったが、完全な暗闇ではなかった。みこさんは眠った時と同じ体勢で、相変わらず規則正しく寝息をたてている。僕はみこさんを起こさないように、静かにベッドを出ると、窓際へ行ってカーテンを静かに開いた。夜明け前の初夏の空が一面に広がっている。僕はグラスに残っていたバーボンを一気に飲み干した。ざらついた口の中にバーボンが心地よく溶けていき、体に力がみなぎってくるような気がした。朝焼けもまだ始まっていない、夜の終わりと朝の始まりが交叉する瞬間だ。僕はタバコに火をつけ、じっと窓の外を見つめていた。少しずつ暗闇は駆逐されていき、青の中に赤みが混じり始める。赤は少しずつ光度を増し、やがて朝がやってくることを予感させている。僕は裸のままじっと窓際に立ち、朝がやってくる前の瞬間に思いを馳せていた。僕のペニスはまた固く尖って痛い程だった。僕は振り返ってベッドで眠るみこさんを見た。彼女の顔は枕に沈み、体は毛布に包まれて見ることができない。僕はカーテンを静かに全開にした。部屋の中に青く弱い朝の光が立ち篭める。僕はベッドに向かい、静かにみこさんの体を包んでいる毛布をはがした。みこさんの首筋がぴくりと動き、青い光に彼女のしなやかな肉体が包まれている。つるりとした2つの乳房の先端には光に包まれて青く沈む乳首が踊っている。腹から腰にかけての皮膚も、なめらかな太股も、微妙な曲線を描いたまま足首へと繋がるふくらはぎも、全てが青く輝いている。
僕はふいに熱い涙が僕の頬を伝うのに気付いた。僕は感動していた。夜明けがやってくる直前のこの青い光に包まれて眠る女の美しさに感動し、そしてその瞬間に自分が立ち会うことができたことに感動していた。
僕は裸のまま窓際に座り込み、みこさんの裸体に映る青い光をじっといつまでも眺めていよう、と思った。





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