思うこと



1997年6月5日(木)

Kids / Jamiroquai

いえーーいっっt!、さすらいのjapan.co.jpこと雲取山太郎ですが、皆さまくそ元気でらっしゃいますかあ?きゃーきゃーきゃー、意味のない叫びをあげつつも夜は更けて行くのですね、うんうんうんうん。

なんだか最近妙にシゴトが忙しくて(ていつもそう言ってるような気がするが)なかなか夜中まで起きている気力がなくて非常に困っております。何が困るってメイルの返信が全然できないのです。

もともとそんなにレスポンスは良くない方だと思うのですが、ここ数日はもう全然返事を書いてません。せっかくメイルくれた皆さま、週末に返信しますからどうぞ許してくださいね。



Hey Lula / Yutaka Fukuoka

さて、先日書いた、カイシャの部下の女の子のその後に関してちょっと書いておこうと思う。

先週末に彼女を会議室に呼んで一時間以上話しをした。

最初はあまり深刻になり過ぎないように、彼女の今後のシゴトを、どのように楽しくして行こうか、みたいな感じで話し始めた。元来彼女は営業志望だったのだから、彼女に本気で営業をやってみないかというかたちで話しを始めた。

あれこれ説明していくうちに彼女も徐々に乗り気になってきて、現状の営業事務の仕事よりも楽しそうですね、という感じのことを言い始めた。で、僕としては具体的なプランを示す前に、彼女に前提条件を出した。それは、迷惑をかけたシャチョウとブチョウに謝りにいくということ。

一瞬彼女は何のことだか理解できなかったらしいが、すぐに顔色が青ざめていくのが分かった。彼女は強い語調で「私は何もしてません」と断言した。仕方がないので、僕がシャチョウやブチョウや部下の男の子から聞いた現場の状況を説明すると彼女はポロポロと涙を流し始め、「私は絶対にどなってなんかいない。どなったとブチョウやシャチョウが言うのは、私の行動全てをそういう眼で見ているからなんだ。」と強く訴える。

「私が何をしてもどんなに気を使ってもみんなは私が何もシゴトをしないという眼で見ていて、全部私が悪いようになってしまう。」と続け、「どうせ私が営業のシゴトをしても、みんなは私は何もシゴトをしてないって言うに決まってる。」と言い、うつむいて黙ってしまった。

もともと会議室に彼女を呼ぶ前から、彼女が泣くことは覚悟していたのだが、これほど強く自分に掛けられた容疑を否定してくるとは予想していなかった。僕は黙って泣き続ける彼女を見つめながら、自分が掛けている色眼鏡を外す必要を感じた。意地や見栄もあるかも知れないが、確かにシャチョウやブチョウの発言は彼女を解雇するという前提で進められているのだから、彼女を良く言うはずがなく、また男の子の方の部下も彼女のことは信頼していないのだから、彼女に対して同情的な見方をする人はいないのだ、とふと感じた。

僕は急に彼女に深く同情した。というか、彼女に対して謝らなければならないと思った。男の子の部下(面倒なので以下S君)と彼女(Kさん)は同期で同い年で二人とも僕にとって生まれて初めての部下だった。S君はいつも僕の話しを聞いてくれ積極的に動いてくれ僕が指示することを徹底的にこなすことだけに神経を使ってくれていた。僕はどんどん彼を信頼し彼にシゴトを任せ彼は成長した。

一方Kさんはお金持ちの家の一人娘だけあって、入社時には世間知らず的な我がままぶりを発揮し、僕を困惑させたりした。また同期のS君とウマが合わずに対立し、彼の指示に反抗的態度をとったりして問題児のレッテルを貼られてしまった。

それ以来僕は一度も誠意をもって彼女を育てようと思ったことはなかった。彼女が最初に僕に反抗的態度をとった日から一年以上経った会議室での話し合いまで、一度も彼女に対して優しい気持ちで接していなかったことを、僕ははじめて悟った。

確かに彼女は社内で完全に孤立してしまい言動が乱暴でシゴトの効率も著しく悪かったが、それは僕が一年前から彼女を育成するという義務を放棄してしまっていたからなのではないか。確かに彼女は一年前に社会人としては全く通用しないような暴言を吐いて僕を怒らせたが、その後の問題の多くは、もしあの時僕がもう少し寛容に彼女の未熟さを許してやれれば防げたものだったのではないか。僕がS君と話しをしたり一緒に行動した時間の一体何百分の一の時間を彼女のために費やしただろうと考えると、急に彼女に対して申し訳なくなった。

僕は彼女を何とか一人前の営業に育てたいと思った。辞めていくにしても、何とか彼女の経歴書に輝くものを残してやりたいと思った。

泣き続けているKさんに、僕はとりあえず自分が他人の情報だけを頼りに彼女の行動を断定したことを謝り、続けて今後の具体的な行動計画を話し始めた。彼女は首を大きく振り、「私が何をしたって同じです。シャチョウとブチョウは私がなにをしても私を悪く思うのだし、外に出ればそれだけシゴトが増えるだけだから今のままでいいです。シゴトだと割り切ってやりますから。」と言いながら、両眼から大粒の涙をポタポタと流し続けた。

僕はカッとなると同時に、絶対に彼女の首を縦に振らせようと躍起になった。自分が今まで彼女を放ったらかしにして申し訳なく思っていること、自分にはシャチョウとブチョウを説得するだけのチカラがあること、誰もKさん個人が嫌いなのではなく、問題行動を嫌っているだけなのだから、Kさんがこれから一生懸命努力すればシャチョウやブチョウや他の皆を必ず見返してやることができること、僕が一年間放ったらかしにしたお詫びに、徹底的に面倒を見ること、本当に割り切っている人間はポロポロ涙を流したりしないこと、などをゆっくりと、淡々と彼女に話した。

Kさんはしばらく僕をじっと見つめていたが、やがてはれぼったい眼でちょっと笑うような顔をして、「そうですね、ずっとカイシャに篭っているよりも楽かも知れないですね。」と言い、続けて深くアタマを下げ、「よろしくお願いします」と言った。

僕は涙が出そうになった。




Alabama Song / David Bowie


僕は彼女のために大学ノートを一冊用意した。「営業交換日記」である。

僕のプランは、3カ月間、つまり真夏の暑い時期である第二四半期、彼女は基本的に僕と常に一緒に行動する(これは去年僕がS君に対して行った方法とほぼ同じ)。彼女が今まで行ってきた事務のシゴトは彼女が継続して担当する。徐々にクライアントとの接点を増やして行き、年度末までに最低でも一社を彼女に担当させる、というもの。

僕はまずシャチョウとブチョウを説得しなければならなかった。その日の昼食時、僕はシャチョウとブチョウと一緒にいつもの定食屋へ。

僕からの報告を待っていた二人は、僕が報告を終えると非常に驚いた様子だった。二人は基本的に彼女を解雇したがっているので、僕が彼女をこれから約一年掛けて育てたいという報告に、随分不満そうだった。僕は今まで自分が彼女を放り出してしまったこと、彼女のあの不器用さは逆に一度自信を持てば絶対大きく育つと思うということを力説した。

で、僕はシャチョウから3カ月というタイムリミットを突き付けられた。シャチョウは既に後任の募集の準備を考えていたとのことで、第二四半期中に次期採用をするかどうかを決めないと、人材の確保ができないこと、無駄な人間に経費をかけたくないこと、営業は利益追求が第一の任務であり、入社して一年以上経つ人間が使い物にならないのは、本人の自覚の問題であり立花の教育云々とは無関係と思っていること、が主な理由であった。

ひぇー。やっぱシャチョウはいざとなるとシビアだなあなどと汗をかきつつも、とにかく3カ月間の執行猶予が出たことを素直に喜び、彼女には月曜日から僕と一緒に行動する旨伝え、大学ノートを手渡した。




It's no Game / David Bowie


彼女が大学ノートに書くことは、その日訪問した顧客名、担当者名、訪問の目的、会話の内容、彼女なりの感想、僕と担当者の会話の中で彼女が理解できなかったこと、一日の感想、といったところ。

毎日彼女はちゃんと僕にノートを持ってきている。書いてある内容も大体僕が予想した通りのことが書いてあり、彼女の表情も日に日に明るくなってきている。

今日、彼女を連れてある大口クライアント相手のプレゼンに行った。ミーティング帰りに僕は彼女をドトールに誘い、コーヒーを飲みながらあれこれ今日のプレゼンのことを説明していた。

急に彼女がすごく真面目な顔をして言った。

「こうしてお客さんと実際に会ったり、立花さんが話してることを聞いたりしてると、今まで自分がこだわってきたことがすごくくだらなくて、どおでもいいことだったって思いました。どうもすみませんでした。」

彼女は深くアタマを下げた。

僕もアタマを下げようかと思ったけれども、ぐっと堪えてみた。

一年後が楽しみだ。



 

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