秋の夜長に 思うこと  自閉編


1998年11月2日(月)

仕事帰りに実家に立ち寄った。5月に帰って以来なので、約半年振りである。弟も二匹のネコもばあちゃんも母も全員元気に集合していた。家を出て、こんなに実家に帰るのが楽しみだったのは初めてだな。歳のせいだろうか。

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母の手料理を食べる。メニューはサーロインステーキ。まるで未だに僕が高校生ぐらいなのではないかと勘違いしているような、ボリューム中心のメニューである。僕としては、鯖の塩焼きとか、野菜の煮込みなんていう、ちょっと和風あっさり系のおふくろの味を食べたかったのだが。

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家の回りをぶらぶらと散歩してみた。どんどんビルが建てられていて、まるでバブルの最初の頃みたいな雰囲気だが、新しく完成したビルにもあまりテナントが入っていないというのが、あの頃と大きく違うところだろう。こんなにビルばかり建てて住む人間がいないんじゃ無意味だよな。まったく。

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弟はいまだにミュージシャンへの道を諦めていないようで、母に言わせると、ギターは確実に上手くなっているとのこと。あとしばらく頑張ってダメだったら、ジャズに方向転換させるとは、あまりにも親ばかじゃないかね。

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離婚した父方のじいさんが一年前に亡くなっていたということを聞く。母も一週間前に聞いたそうだ。しかもほとんど野垂れ死みたいな状態だったらしい。孤高の日本画家の最後としては、あまりにも哀しい。頑固一徹だったじいさんのことだから、どんなに体調が悪くても、特別養護老人ホームに入ってしまっているばあちゃん以外の人間が世話を焼くことを拒んだというのが目に浮かぶようだ。

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父は父で膀胱ガンで手術を受けたらしい。これも母親が一週間前に父方の親戚から聞いた話。バカ親父だが、死ぬ前に一度ぐらい飲んでおかなければなるまい。まだ死ぬなよ。

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母には縁談が二つも同時に来ているそうだ。今週両方の人とデートがあるそうで、遅れてやってきた春を満喫しているらしい。結構結構、楽しくやりなさい。でもその歳で二股は良くないと思うゾ。

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「85歳、ゼロからのスタート」とはばあちゃんの言葉。元気すぎて何も言うことはない。結構量のあるステーキをぺろりと食べていた。まだ当分大丈夫だろう。

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「西麻布はもう人間が住む場所じゃない」とは母の言葉。遂に家を売ってどこか郊外に引っ越すことを考えているようだ。ずっと育った家がなくなるのは寂しいが、僕はあの環境に耐えられずとっとと家を逃げ出しているのだから、賛成するしかない。もう本当に、西麻布は人間が住む場所じゃない。

路地を歩いていると、首都高の高架が放つゴーッと言う音が、ビルに幾重にも反射して、不気味な振動を作りだしている。久し振りに帰って、いつもよりもその轟音と振動が、大きく感じた。


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