Hey Lula (voice of saami) / Yutaka Fukuoka
北風が強い。凍える指先を庇うようにポケットに手を入れて歩く。
街道を北風が切るように吹き抜けていき、思わずコートの襟を立てる。
寒い、夜だ。
ふと空を見上げてみる。
濁った東京の空にも、今夜はいつもよりも多くの星の姿が見える。
突然僕は、自分が捨ててきたあのコンクリート漬けの街のことを思う。
あの日も、僕はこうしてコートの襟を立て、北風に逆らうように歩きつつ、
君のことを思い出していた。
あれからもう2年、いや、君のことを思い出してからもう2年なんだから、
君のことを思い出さない日々がどんなに長く続いていることか。
今夜、僕は本当に久し振りに君のことを思い出し、
懐かしさと共に言葉にすることの出来ない何かに満たされたまま、
夜の街道を歩く。
憶えているだろうか、
あの日、君は一人で風の音を聴いていた。
誰からも愛されていないと思い込み、
誰のことも愛せないと嘆き続けていた君は、
自らの存在すら愛せないとうそぶきつつ、
死に物狂いで自分の殻を守り続けていた。
言葉に出来ない想いを奥深くにしまい込んだまま、
意味のない言葉を吐き出し続け、人を傷つけ続けた。
疎外されているという思いが喉元を掻きむしるようにせり上がり、
誰かに自分が愛されていることを確認するためにひたすら電話のダイアルを回し続けた。
受話器越しに届く擦れた声は、
必ず僕を失望させ、
自分は誰とも話なんてしたくないんだということをようやく認識し、
それでも無意味な言葉を吐き出し続け、
電話を切ろうとしない自分を卑しいものと思った。
声を聴きたいのは、愛しているからではない。
不安になるのは、恋をしているからではない。
愛する代償として、愛されることを求め、
自分の存在が映らない瞳に恐怖し、委縮する。
無遠慮に愛を求め続け、与えられた愛情を貪り食う。
頬張ったものが自分の求めていたものではないと知ると、
とたんに嫌気がさし全てを吐き出し、背中を向け、
その瞬間にはもう孤独に耐えられずに震えている。
寒い、夜だ。
僕は、本当に久し振りに君のことを思い出した。
そして空を見上げたまま、決して君のことを忘れてはいけないんだと、思った。
深く自分の殻に閉じこもり、
全てを拒絶したまま自分の柔らかい部分だけを愛し続けた君のことを、
僕は、
決して忘れてはいけない。
久し振りに会えて嬉しかったよ、10年前の自分自身と。
(c) T. Tachibana. All Rights Reserved. 無断転載を禁じます。tachiba@gol.com