あなたの温もり 思うこと 不明編
The Kids / Jamiroquai
どうもベーシストの動きが気になる。佐藤研二のような指使い。
あはは、コード弾いているよ、あー、オクターブやってる。がははと笑いながら
喜んで聴いてたんだけど、曲が変わってベースが本気になったら僕もあなたも鳥肌が
たってしまって吸込まれてしまった。あなたは座り込んでしまった。
古いラジカセにつないだベースの音は、面白いほどにひずんでいて、僕が今までに
体験したことのないような迫力を持っていた。
神経が我先にとベースの音を追う。ギターとサックスは完全にベースに支配されてしまっているから
全然存在感がない。ボンゴ弾きのリズムがタイトでかなり気持ちいい。
ベースの暴力的な音に慣れてくるに従って、ギターとサックスの貧弱さが気になってくる。
インプロビゼーションなんだろうけど、展開を進めるときには常にベースが指示を出してる。
ベースが暴れだすと、二人してボーッと見守ってる。ここでギターが闘ってくれたら、僕と
あなたはきっと一気に昇天できたのに。
Helpless / Metallica
旋律を奏でながら繰り返し繰り返し叫ぶ声が鼓膜から直に視床下部に反響し、脊髄がバランスを失って
倒れ掛かるように熱を帯びた息を全て吸込んでしまおうと努力しながらも、自分の呼吸を制御
できずに声がでることを確認する暇もなく、食い込む爪の感触と沸き上がる血の味がワインの
香気を孕んだ部屋の空気に融合して床が溶けはじめる。
貫いていることに飽き足らないかのように強く眼と眼を合わせたまま意識が遠のいていくことを
実感し、しかしドーパミンの誘惑に意を決して記憶を分断することになったらしいことを
遠い感覚と、全身に伝わってくる嗅覚とで納得して動きを早めると、メロディが沸き上がってくる。
激しく優しく切なく。メロディが部屋に反響している。僕の口からもメロディが流れてきて、
いつの間にかハーモニイを奏でている。白い流れに乗るように、ハーモニイを奏でたまま爪が食い込み、
首筋に吸い付いた唇が内出血による痣を作りだし、そのことには誰も気付かないかのようにメロディは
クライマックスを迎え白い川の流れが一気に逆流し動きが頂点を向かえたとき、痙攣が僕を受け入れ、
硬直した筋肉の真空の中に巻き込まれたまま全てが止まり、僕は眠る場所を得たことを感謝し、永遠に
続くかのようなハーモニイが木霊する中で意識を失った。
Drunken Butterfly / Sonic Youth
夕闇が街と僕とバラを紅色から紫色に染め替えていく中、僕は涙を流しながら、持ちきれないほどの
バラの花束を持ち、一本ずつバラ撒きながら、あなたの破片を探して、歩き続ける。
東の空は炎によって赤黒く染まり、黒煙に炙り出された満月が、大きな、赤い、月が、
僕の背後に迫る。
Love Will Tear Us Apart / Joy Division
Red / King Crimson
1996年10月19日(土)
ベースソロが始まると、呼吸が止まりそうになる。リズムに対してはあくまでも緻密に編むように、
しかし観客に対してはとてつもなくセクシーに、淫靡に、猥褻に、強引に迫ってくる。
勃起はしないが、僕が女だったら濡れてしまうだろうと想像してしまうような音。
ラジカセの調子がおかしくなって、とんがったブーツでラジカセを蹴っ飛ばしながら
ソロを引き続ける無表情な男。
突然4弦が外れてしまい、演奏不能に陥った瞬間にギターとサックスが一気に入ってくる。
街頭演奏なのに、いきなりローディーが現れて、別のベースを手渡す。
結局一時間も立ち尽くして聴いてしまった。
The Sex of It
金曜日と日曜日に、駅前でライブ、21:30からやってる、らしい
だれかギターを何とかしてくれたら、よいぞ。
分裂していた時間を復元したいからなのか、もみくちゃにしあいながら、
もつれあい、のぼるのか、落ちるのか、それすらも自分でも分からない。熱いものが触れる。唇で
掬い、顔をうずめて、涙をこらえ、声が漏れる。
風が吹いている、西からの乾いた風が、夕日が紅色に染めている
街を無機質なものにとどめておこうと努力している、
ブーゲンビリアが見たくてぐるぐる歩き回ってるが、どこの花屋にももう一本も残ってないから
仕方なくバラの花束を持ちだして、一本ずつ道にバラ撒きながら風に向かって歩いて行くと、
僕の良く知ってるはずの電器屋さんに置いてあるテレビが臨時ニュースを流している、
テープのような無機質な声と繰り返し流される文字情報が僕に焦燥を与えるが、僕は
そのことにはあまり興味を持てなくて、バラをばら撒きながらあなたの部屋を目指して
歩いていく。
感覚が麻痺しているから痛みを感じない。
酸素が供給されていないから呼吸していない。
暗闇の只中にいるのか、若しくはハレーションで眼が眩むほどの純白の中にいるのか、
どちらかなんだろうが、どちらでも良いからどちらでもないように感じている。
目印になるものがなにもないから、ススム方向がない。
記憶を削り取られているから、悲しくもない。
思い出すことがないから、涙は出てこない。
水の中にいるように、音が、遠くに聞えているが、
心臓の音以外は、聞き取ることができない。
眼を閉じてみると、優しい声が聞こえてくるような気がする。
瞼を再び持ち上げることはただの苦痛に思えてならず、ずっと
閉じたままでいたいと感じる。
あなたの優しさに包まれているような気がする。
あなたが僕を包んでくれていることが、涙が出るほど嬉しくて、
ずっとこのまま、眼を閉じ、あなたの
笑顔と優しい声の中で、眠ることにした。
ずっと、優しい、笑顔に、包まれて、
ずっと、
このまま、
このまま、
汗まみれになって、徐々に意識が戻ってくることを実感する。
どこまでが現実だったのかを自分でも判断できず、
ただ呆然と眼を開いているが、
窓の外の、紅色と紫の混ざったような空の色に、
再び吸込まれる。
紅色と紫のグラデーションの中に、微かに狂気を感じ、爪を噛んで、みる。
僕を、狂気の中から、救って、くれたような気が、して、
起こさないように、そっと、抱きしめ、る。
遠い意識の中で、僕の名前を呼ぶあなたに、
そっと、キスを、した。
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追記
The Dreaming / Kate Bush
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