あなたの温もり 思うこと  不明編




1997年3月9日(日)


100% / Sonic Youth


19XX年、オホーツク海より我国領海に侵入した某国の原子力潜水艦が警告を発した航空自衛隊対潜哨戒機二機に対して迎撃ミサイルを発射したことにより極東における緊張は一気に高まり、航空自衛隊第一空挺団三ヶ小隊は直ちに緊急スクランブル体制を敷き、迎撃体制を整えた。


同時に首都においては防衛庁長官を始め空幕海幕陸幕各幹部が一斉に市ケ谷駐屯地地下の大本営に集い短期及び長期においての我国の戦略及び戦術についての協議を開始した。


硫黄島にて演習中のアメリカ海軍空母二箇師団及びモルジブ沖にて停泊中の一箇師団、さらにテニアン島常駐のF15二箇師団が一斉に沖縄及び横田に集結しはじめた。


横須賀に停泊中の巡洋艦3隻も津軽海峡に向け第一種警戒体制のまま緊急発進した。


宣戦布告のないまま某国より地対地ミサイルが一斉に発射されたことにより事実上極東地域は戦争状態に突入した。


極東三カ国による緊急協議が行われ、アメリカを中心とする多国籍軍が急遽編成され、迎撃体制と同時に某国に対しての反撃体制が整えられる。


某国国境付近に集結していた多国籍軍陸軍三箇師団が一斉に国境を越え、某国内になだれ込む。


我国は日本海沿岸諸地域に迎撃用地対空ミサイルを千基以上配備、某国空軍のミグ21の来襲を見事に撃破。


質、量共に勝る多国籍軍はわずか二週間で某国首都に迫り、市街戦に突入した。


ペンタゴンより供給されるランドサット衛星の画像より某国首都の守備隊はその脆弱さを見事なまでに露呈し、


市街戦突入後わずか4日後に、某国大統領官邸に多国籍軍の旗が翻ることとなった。


我国のメディアは一斉に多国籍軍の勝利を大々的に報道し、


某国首都に入城する多国籍軍突撃隊の勇姿を繰り返し流し続けた。


首相は官邸にて声明を発表し、迅速な対応と国民一人ひとりの尽力により国家存亡の危機を乗り越えることができたと述べた。


CNNは極東におけるこの武力衝突を「一週間戦争」と名付け資本主義の勝利を大々的に宣伝した。






僕はその日、いつも通りカイシャに向かって歩いていた。


中央線を降りて外堀通り沿いに歩いていくと、北西の空がなんどかフラッシュをたいたように煌めき、すぐに視界が暗くなった。


両眼に若干の痛みを感じながらカイシャにたどりつくと、シャチョウとブチョウがテレビを見ていた。


無表情なアナウンサーは画面を見たまま表情一つ変えずに同じことを繰り返している。


続いて区の広報無線のサイレンが鳴り続けた。


テレビでは繰り返しミサイルの到達予想地域の住民に対しての避難勧告を流し続けている。


カイシャの窓から外を見ると外堀通りを迷彩色の戦車が何十台も連なって走っていくのが見える。


警察が一般車両を全て止めている。はるか南西の空がオレンジ色に色付き、黒煙があがっている。


シャチョウが全ての業務を停止することを宣言し、僕達は会議室に集まりテレビを見続けた。


アナウンサーの淡々とした声が会議室に響き渡る。誰も何も言葉を発しない。


画面が白く光ったと思った瞬間に画像も音声も完全に途切れた。


窓沿いに歩み寄った時、外堀の向こう側から黒い糸を弾くように何かがこちらに向かって鉛色の空を引き裂きながら洗われるのが見えた。


一瞬視界が真っ白になり、次の瞬間カラダが浮き上がり重力を失うのを感じた。熱い風を下からカラダ中に浴びて僕は吹き飛んだんだなと理解した。


真っ白だった視界が真っ赤になると同時に両方の頬を温かいものが伝うのを感じた。


両手で流れるものを確認しようと思ったとき、僕はすでに両手を失っていることを初めて知った。


目を凝らそうとしても視界は赤いまま何も見えることはない。


何かが崩れるような音が聞こえていたがそれもすぐに止み、完全な静寂が訪れた。


視界が明るくなったり暗くなったりを数回繰り返したころ、車のエンジン音が聞こえてきた。


複数の人の声が聞こえたので声を振り絞って助けを求めた。明瞭に助けを求めているつもりが、口からでるのは嗚咽のような慟哭のみであることを自分の耳で知った。手を振りたくても両手は吹き飛んでいる。歩みよりたくてもカラダの自由が利かない。

「大丈夫か」。すぐ耳元で声が聞こえた。赤い視界から熱いものが頬を伝って流れ落ちるのを感じた。


ガタガタと揺れる車に乗せられてずいぶん長い間走ったらしい。車のカーステレオからはKeith Jarrettのライブが流れている。


担架のようなものに載せられて車から降ろされ、むしろ敷きの広い場所に降ろされた。周囲からはひどい腐臭とうめき声が聞こえ続ける。耳を塞ぐものをもとめてカラダをねじるが何も見えない、何も触れない。


カラダから流れているように感じるのは汗なのか血液なのかそれとも膿なのか。誰かがそっとカラダに触れ、「もうすぐ楽になるぞ」と呟いて何かを僕の口に含ませた。


カラダがふわりと浮かぶような気がした。腕の付け根と顔面に感じていた苦痛が徐々になくなっていく。真っ赤だった視界が徐々に透明になっていく。数日前に出勤する前の朝の自分の部屋や幼稚園のブランコやニナの笑顔やライブのステージや六本木の飲み屋が次々と透明な視界に現れて僕を励ましていく。


雑踏の向こう側で歓声があがっているのが聞こえる。テレビがついていて、アナウンサーが冷淡な声で我国の勝利を伝えていた。続いて首相の声明が繰り返し流された。

「迅速な対応と国民一人ひとりの尽力により国家存亡の危機を乗り越えることができた。」

歓声の中僕は、僕の愛した人達の顔や声を必死に思いだそうとしながら次第に意識を失っていく。


人々は国家の勝利に酔い、僕は個人の滅亡に酔う。


透明になった視界に、皆既日食と彗星の帯が細く連なり、溶け込んでいった。





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