あなたの温もり 思うこと 不明編
1997年11月5日(水)
Hey Lula / Yen Chang
僕は1969年に東京で生まれた。人類が月に降り立ち、ビートルズが3枚のアルバムを立て続けに発表し、東大が封鎖され、村上龍は地元の高校でバリストを敢行し、村上春樹はノルウェイの森に深く沈んでいた。
I was Born to Lose
僕は生まれてからずっと大切なものを失い続けてきた。大切なものを、大切とは気付かずに失い続けてきた。
自分が何かを失いつつあるということにさえ気付かないでいた。
いつも何かを得ようとしてもがき、そしてその代償としてかけがえのないものを失ってきた。
様々なものが僕の前を通り過ぎて行った。焦がれるような熱い思いも、身を切るような辛い思いも、
形のあるものも、形のないものも、
次々と僕の前に浮かび上がり、
そして寂しそうな笑顔と共に僕の前から消えていった。
様々な人達が僕に手をさしのべてくれた。辛い時、哀しい時、うまくいかない時。
僕は彼らの腕にすがりつき、何とか絶望という崖から這い上がった。
やがて僕はさしのべてくれた手の暖かさを忘れ、
自分の殻に閉じこもった。
僕はちっとも気付いていなかった。暖かい人々の心が一箇所にとどまってはいないということに。
暖かい人々の心は次々と、僕の前を通り過ぎ去って行くということに。
僕はちっとも気付いていなかった。
僕に手を差し出した人達の心も僕の心と同じぐらい傷つき疲れ果てていることに。
僕は自分の殻に閉じこもり、
僕に暖かさを分けてくれた人達の心を暖めてあげることができなかった。
彼らは寂しそうに肩をすくめると、
一人ずつ僕の前から消えて行った。
そして僕はこれからも失い続けるのだろう。暖かい言葉に触れ凍傷を負った心を癒しながら、
僕はこれからもずっと失い続けるのだろう。
大切なもの、些細なもの。
心の中にしっかりと鍵をかけてしまっておいた鮮やかな記憶さえも、
僕は少しずつ失っていく。
やがては僕という人間が存在したという記憶さえもが、
色褪せ、そしてやがて失われていく。
僕は1969年に東京で生まれた。僕は生まれてからずっと、大切なものを失い続けながら今日も生きている。
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