あなたの温もり 思うこと  不明編



1997年11月6日(木)


Norwegian Wood / The Beatles


僕は暗闇の中で一人立っている。周囲はこれまでに見たこともないような完璧な暗闇だ。自分の指先さえも見ることができないでいる。僕は全ての人々から隔絶され一人ここで立ち尽くしている。誰も僕のことを気にかけないし、僕自身も誰のことも気にしていない。

ただそこには、癒すことのできない乾きだけが残っている。



And We Danced



人々から隔絶された狭い世界で僕は目を閉じ耳を塞いだまま一人で生きていこうとしている。

僕は誰からも干渉されたくないし誰にも干渉したくない。

干渉されれば僕は誰かに傷つけられるかも知れないし、

干渉すれば僕は誰かを傷つけるかも知れない。

僕は自分が正しいと思ったことを常にしてきたが、

その結果僕はあまりにも多くの人を傷つけ、

そしてあまりにも多くの人達に傷つけられてしまった。



傷つけるたびに自らを責め、

傷つけられるたびに立ち上がる努力をしてきたが、

僕は自分が磨り減って行くことを計算に入れていなかった。

僕の心は次第に硬化し始め、

僕の体は静かにその絶頂を通り過ぎている。



僕は静かにドアに鍵をかけると、

窓から鍵を底なしの枯れ井戸に投げ込み、

カーテンを厳重に閉め、

一人ベッドで目を閉じる。

僕の中をたくさんの人々が通り過ぎ、

そして僕は今一人ベッドの上で目を閉じている。



僕は目を閉じたまま心の中で自ら炉の火を落とそうとしている。

赤く煮えたぎる僕の心は輝きを失いどす黒い塊へと硬化しようとしている。

静まり返る暗闇の中、何かがまだ輝きを失わず小さく炎を煌めかせている。

小さな炎は音も立てずに明滅を繰り返し、僕に語りかける。



踊るんだ。

君はきっとうまく踊れるだろう。

リズムに合わせて踊るんだ。そして唄うんだ。

ヘンリーミラーのように、死体をずらっと並べてその前で君はきっと君自身のステップを思い出すことができるだろう。

君は誰の為でもなく、君自身の為に踊るんだ。多少リズムが狂っても構わない。誰かが君を見てるなんて考えちゃいけないんだ。そう、君は君だけのために今、踊り、そして唄うんだ。



僕は落ち着かない視線をあちこちに向けながらびくつく脚で一歩ずつ舞台へと向かう。

僕の心臓は異常な程早く脈打ちこめかみの血管は今にも張り裂けそうだ。

僕は震える膝を抱えて一歩ずつ舞台の中央へと向かう。舞台は7色のライトに浮かび上がり、客席は暗闇に溶け込み観客の姿は全く見ることができない。

僕がステージの中央に立つと7色の照明が消え、全てが闇に包まれる。

そして次の瞬間にピンスポットが僕の姿だけを鮮やかに照らし出し、

暗闇の中から観客達の視線が僕に集まってくる。

僕の目は眩み体は重心を失い眩暈が襲ってくる。

僕はピンスポットに照らされたステージの中央で呆然と立ち尽くし、

観客達は射るような視線で僕を睨み続けている。



僕はありったけの集中力をかき集めて最初のステップを思い起こし、

汗だくになりながらぎこちなく踊り始めた。

踊り始めると僕の体の中に静かに炎が灯り、

少しずつ体が暖かくなり始めた。

僕の体は次々とステップを思い出し、

ピンスポットが踊り続ける僕の影を照らし続けた。



ステージの袖から突然君が現れ、

軽快なステップと共に僕に近づいてくる。

僕は笑顔で君を迎え、

スポットの下で僕達は二人でステップを踏む。

僕の体の中の炎は大きく燃え上がり、

僕の心を暖かくほぐしていく。



やがて僕達は静かに歌い始める。

メロディーも詩もない歌を。

白銀のスポットが僕達を静かに照らし続ける中、

君と僕は誰のためでもなく、

ただ踊り、そして唄い続ける。

暗闇に塗りつぶされた観客席からは、

拍手も歓声も上がらなかったが、

僕達はただ、ひとつひとつステップを踏み、

僕と君のためだけに、

踊り続ける。

ただひたすら、

踊り続ける。




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