秋の夜長に 思うこと  自閉編


1998年10月19日(月)晴

こんばんは。元気ですか?立花です。

今日はとってもいい気分で帰ってきたので、こうして独り言みたいなメイルをあなたに書いています。僕が勝手にこうして書いているだけだから、返信はいりません。読み流してもらえればいいです。

今日、僕は気付きました。僕をとりまく全ての景色が昨日までとことごとく違うということに。もっとはっきりと書くと、僕が見るもの全てが、今日はあまりにも鮮やかで美しく、もぎたての果実のように瑞々しく見えたということです。

最初、僕はいったい何が起こったんだろうと戸惑いました。朝、いつものように満員の通勤電車に乗っていて、窓の外の景色がいつもよりもずっと色が濃く、鮮やかに輝いているように見えていたからです。

カイシャについてもまだ僕は戸惑っていました。もう何年も見慣れたはずの景色や、毎日顔を合わせている人達の姿が、今日はやけにクッキリと見えているのです。これはいったい何なんだろう。僕はずっと考えました。

午前中にお客さんのところへ行くために電車に乗っている時に、僕はようやっと気付いたのです。これは「作業」の神様のせいなのだと。

「作業」というのは楽しいようで、実はとても辛いものです。僕は自分の胸の引き出しを開けて、中から僕の心を取り出します。心というのは別にピンク色でハート型をしているわけではなくて、どっちかというと、石鹸みたいな感じをイメージしてもらえると丁度いいと思います。

「作業」をするために、僕は自分の心を手に持って、おろし金を使ってせっせと自分自身の心を粉々に砕いていくのです。心の中には僕の記憶や想い、それに想像力と言ったものがごたごたに入っているので、僕はおろし金を使ってまず心を粉々にして、それからその中からとても大切なものだけを抜き出し、まったく違うもう一つの形へと変換していくのです。それが「作業」です。

おろし金でおろすと言っても、心は大根やリンゴみたいに柔らかいものではありません。石鹸をおろし金で細かくしているような感じなのです。「作業」をどんどん進めていくためには、僕は自分の心をゴリゴリとどんどんおろし金で細かく砕いていかなければならないのです。こんなたどたどしい言い方で、果たしてあなたに僕の気持ちが伝わるかどうか心配ですが。

一生懸命ゴリゴリと僕は自分の心をおろし金ですりおろし、粉々になった僕の心を再構築していくのですが、やがてだんだん僕の心は小さく固くなっていってしまい、おまけにかさかさに乾いてしまったりするのです。そりゃそうですよね、毎日毎日何カ月も自分の心をゴリゴリとおろし金で削っていけば、心はどんどん小さく固くなって、かさかさに乾いてしまうのです。

でも僕は、自分の心がどんどん磨り減っていくということが分かっていても、「作業」を止めるわけにはいかないのです。辛いなら止めればいいとは言わないで下さいね。僕には作業を途中でやめるなんてことは、絶対にできないのです。そこには理由も動機もなく、「作業」をするのが僕にとって必要なことだからなんです。僕の中には「作業」によって生まれ変わるべき想いが詰まっていて、それを解放してあげるのは僕にとってごく当たり前のことなのです。

昨日の夜、僕の心は小指の先ぐらいにまで小さく削り取られてしまい、もうこれ以上削ってしまうと僕の心はなくなってしまうんじゃないかと思うほどでした。僕は自分の心の中に詰まっていた、「変換されるべき想い」を全て変換し終わったのだと感じました。そして痛々しいほどに小さく固くなってしまった僕の心をもう一度胸の引き出しの中にしまいこみ、僕は眠りました。久し振りに引き出しの中に心をいれた僕は、不思議な夢をたくさん見て、朝を迎えたのでした。

朝が来ると、僕の心はもうすでに削り取られたものを取り戻そうと、眼や耳や脳をフル回転させようと張りきっているのです。中味が空っぽになってしまった僕の中に、これから新たな想いをとりこんで、もう一度大きくて瑞々しい心を取り戻そうと、僕の眼や耳や心を、鋭利な刃物のように敏感にしているのです。

僕は今日、青空を見れば感動し、あなたの黒い髪に触れるだけで心が揺れるのです。そして一つ一つの僕が見たり聞いたり感じたりするものが、勢いよく僕の中に吸収されていくのを感じるのです。

僕にとって今日という日は、人生におけるとても重要な一日だったのかも知れないと、今こうして書きながら思っています。

あなたはもう眠っているかもしれません。僕も、あなたの寝顔に接吻をしてから眠ることにしましょう。

あなたにも僕にも、素敵な夢がやってきますように。

おやすみなさい。

立花。


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