小説・フィクション書評

羊をめぐる冒険 by 村上春樹 〜 失われ続ける切ない物語は村上春樹ワールド確立の初期の名作!!

小説・フィクション書評
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村上春樹さんの初期の名作「羊をめぐる冒険」を読んだのでご紹介。

誰にでも「何度も繰り返し読んでいる小説」があるのではないかと思う。

僕にとっては村上春樹さんの初期から中期の作品群、特に小説群がそれにあたる。

そのときそのときで読みたい本は変わるだが、もう20年以上に渡り繰り返し読んでいる。

この「羊をめぐる冒険」は、最初は20代の頃に吉祥寺の本屋さんで文庫本を買って、本当に擦り切れるほど繰り返し読んでボロボロになった。

そして7〜8年前に単行本を改めて買い直したのだ。

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僕が持っているのは2006年の第34刷というから凄い。だって文庫もあるわけだから。

文芸書の書評を書くのはとても久し振り。

遡ってみたら何と4年ぶりだった。

そして以前もこの本の書評を書いていた。2011年のことだ。

今回の書評の下、2011年に書いた以前の書評もくっつけておく。

お時間がある方は8年半前の僕と今の僕の変化もお楽しみください(笑)。

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村上春樹の初期4部作の3作目

この「羊をめぐる冒険」は、1982年に刊行された村上春樹さんにとって3冊目の小説だ。

そして同時にこの作品は、彼の初期4部作の第3作目ということになる。

1冊目の「風の歌を聴け」、そして2冊目の「1973年のピンボール」から話しが続いていて、さらに彼にとって6冊目の小説「ダンス・ダンス・ダンス」へと続いていく。

ただ僕は一番最初、これらの作品が連続する物語だということを知らず、「ダンス・ダンス・ダンス」を最初に読んだ。

そしてその次にこの「羊をめぐる冒険」を読み、さらに遡って残りの2作を読んだ。

順番に読まなくても単独の小説としても成立はしているが、やはり登場人物が同じだったりストーリーもつながっていたりするので、できれば順番に読んでいくと良いだろう。

村上春樹ワールド確立の一冊

この「羊をめぐる冒険」は、初期村上春樹作品において、彼の世界観が確立した一冊だと僕は思っている。

彼はこの作品発表前に、それまで経営していたジャズ・バーを手放して専業作家になった。

最初の2作品は時間的制約、体力的限界などもあったのか、物語は短めで「長編」というよりは「中編」という規模感だった。

そして話しが短いためストーリーも比較的シンプルで、入り組んだ展開や複雑な伏線などは用意されていなかった。

文体もシンプルかつ短くて、ややもするとぶっきらぼうな感じがするものだった。

それがこの作品から大きく作風が変わる。

まずなんといっても物語が長くなり、登場人物も増えた。

そしてストーリーが複雑かつ豊かになり、物語の展開も繊細かつ大胆になった。

そして流れるような、読みやすく親しみやすい村上春樹さんらしい文体が確立したように感じられる。

そしてその村上春樹ワールドは、この作品以降どんどんレベルアップしていき、多くの日本人を魅了していくことになる。

何もかもが失われていく哀しい物語

さて、この「羊をめぐる冒険」は、クールで清潔な彼の作品らしいスタイリッシュな展開を見せつつ展開されるが、統一されたテーマは「喪失」である。

単行本の帯にも「すべてを失った僕のラスト・アドベンチャー」と書かれているが、物語は様々な展開を見せつつ、喪失へと向かっていく。

決して暗い話しが続くというわけではなく、彼独特のユーモアもふんだんに挿入されているし、ハッピーな話題もいくつも出てくる。

しかし、それらは物語の「フリル」のような役割をしているに過ぎず、冒険が向かっていく先は明確に「喪失」である。

物語は前半は東京、中盤が札幌、そして後半が北海道の山奥と展開していく。

そして季節もちょうど秋から冬へと向かう時期に設定されていて、物語が進むにつれ、寒く人のいない孤独な場所へと導かれていく。

静けさの中でさまざまなものが失われていく、哀しい物語なのだ。

「僕」というキャラクターの喪失感

初期の村上春樹さんの作品といえば、主人公が一人称で「僕」と名乗っているのが一つのスタイルだ。

そして「僕」というキャラクターは、どこか積極的になれず引っ込み思案で、でも自分の世界観を持っているキャラクターである点が共通している。

僕は常に何かを失い、失われたものに対する哀愁を背負っている。

それは第1作の「風の歌を聴け」から共通している。

「風の歌を聴け」では「僕」はまだ学生で青春のど真ん中にいるはずなのだが、すでに「失われた10代」に対する哀愁を強く漂わせている。

そしてこの4部作の重要な登場人物の一人である「鼠」というあだ名を持つ「僕」の友人もまた、不器用にしか生きられない自分を抱え切れず、アイデンティティを失う哀愁に満ちている。

第3作のこの作品では、「僕」は妻を失うところから話しが始まり、よりストレートにさまざまなものを失っていく。

それは「若さ」とか「全肯定的エネルギー」の喪失を意味するものだろうか。

そして「あるがままの自分」の喪失だろうか。

いずれにしても、この第3作は、静けさに包まれた哀しみの物語である。

ハッピーエンドに向かう道筋

もし彼の初期4部作が4部作ではなくこの作品までで終わっていたなら、この物語はずいぶん救いのない話しということになる。

結局全部が失われて終わりました、ちゃんちゃん、というのではちょっとあんまりだ。

でも実際「羊をめぐる冒険」から「ダンス・ダンス・ダンス」が出るまで、ぴったり6年の間隔が空いている。

「羊」が刊行されたのが1982年10月13日で、「ダンス」が出版されたのが1988年10月13日。

この6年の間、読者はこの作品が終着駅だと思うしかなかったわけだ。

でも物語には続きがあった。

そしてその最終章でもたくさんの人が死に、たくさんのものが失われていく。

四部作の最終局面まで、「こんな切ないことばかりでいいのか?」と思い続けることになるが、そこにはハッピーエンドが待っていた。

失われ続けた僕の物語は、まだまだ終わらないのだ。

まとめ

僕自身2018年から2019年は、まさにこの作品ではないが「失われ続ける」物語の中にいた。

僕はもちろんこの作品を何十回も読んでいるので、ストーリーは知っていた。

そのうえで、僕は2019年の年末の最後にこの本を読むことにした。

ストーリーの中に登場する、失われ続ける「僕」に自分を重ねながら物語の世界に浸っていった。

そして、狙ったわけではないのだが、2019年12月30日の夜に僕はこの本を読み終えた。

そして大晦日から、最終章の「ダンス・ダンス・ダンス」を読み始めることになった。

静かにすべてが失われる2019年を〆るのにピッタリの一冊だった。

そしてそこからハッピーエンドの2020年へと向かうのだ。

今まで読んだ中で一番心に染みる再読だったと思う。

「羊をめぐる冒険」、オススメです。

前回、2011年に書いた書評は次のページにあります。併せてどうぞ!!

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