小説・フィクション書評

1973年のピンボール by 村上春樹 〜 若さの消失をテーマにした村上春樹ワールドの胎動を感じさせる作品

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村上春樹さんの小説「1973年のピンボール」を読み返したのでご紹介します。

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こんにちは。ビジネス書作家・ブロガー・心理カウンセラーの立花岳志です。

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今回は村上春樹さんの初期四部作の第二作目にあたる「1973年のピンボール」をご紹介します。

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初期四部作の二作目

村上春樹さんの初期四部作は、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」「ダンス・ダンス・ダンス」から構成される。

この「1973年のピンボール」は四部作の二作目である。

物語の主要な登場人物は一作目の「風の歌を聴け」を引き継いでおり、物語も続いている。

一作目「風の歌を聴け」では大学生だった主人公の「僕」は社会人になり、東京で友人と立ち上げた翻訳の事務所で働いている。

そして双子の女の子と暮らしている。

いっぽうもう一人の主要登場人物「鼠」は神戸に留まっており、二人離れて暮らしている。

この作品のテーマの一つが「ピンボール」であるが、ピンボールの話しは作品の後半にならないと始まらない。

東京での主人公「僕」のストーリー、そして神戸の「鼠」とバーテンダー「ジェイ」の物語が、二人の視点から交互に描かれるスタイルで物語は進む。

この複数の物語が並行して進んでいくスタイルは、のちに村上春樹さんの体表作となる「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」や「1Q84」などでしばしば用いられることになる。

基本的に「僕」の物語は動的で登場人物も多く会話多くあり、「鼠」の物語は静的で、登場人物も少なく、会話よりも状況や心の動きの描写が多い構成となっている。

この作品は1980年に群像で発表されたあと単行本が発売された。

そしてこの作品までが、村上春樹さんが「兼業作家」として、バーの経営をしながら小説を書いていた時期のものである。

デビュー作「風の歌を聴け」よりは文字数も増えプロットも複雑になったが、三作目「羊をめぐる冒険」以降の長編小説に較べると、まだかなりあっさりした作りとなっている。

若さとの永遠の別れ

物語の一つのテーマであるピンボールは、「僕」と「鼠」が一つの時代に夢中になった、ある意味「若さ」を象徴するものであった。

1970年夏、最初にピンボールに嵌まったのは「鼠」で、神戸のジェイの店にあったピンボールに夢中になった。

神戸に帰省した「僕」と「鼠」は二人でジェイズ・バーでビールを飲みつつピンボールに夢中になる鼠のハイスコアの記念写真を撮った。

その後「僕」は同じ年の冬に東京でピンボールにのめり込んでいく。

渋谷のゲームセンターで、たまたまジェイズ・バーにあったのと同じマシンと出会った「僕」は、その「3フリッパーのスペースシップ」というマシンにひたすら嵌まっていった。

大学にもろくに顔を出さず、バイト代の大半を注ぎ込んでスコアを上げていった。

「僕」がプレイすると見物人が後ろに集まるようになり、スコアは15万を越えた。

しかし翌年の2月、突然ゲームセンターは取り壊され、ピンボールマシンも消えてしまう。

そして「僕」はピンボールを止めることになる。

そして時代は流れ1973年になり、「僕」も「鼠」も1970年に持っていた若さを永遠に失いつつある。

そして1973年の東京で、「僕」は失われた時を追い求めるかのように、3フリッパーのスペースシップのピンボールマシンを求めてゲームセンターを彷徨い始める。

そして彼はある人物と出会い、そこから物語は一気に展開していくことになる。

しかし、過ぎ去った時間を取り戻すことができないように、ピンボールマシンとの蜜月が戻ってくることはない。

1970年から1973年へ、時間は3年しかたっていないが、「僕」は学生という若さの象徴を手放し、社会へと足を踏み入れていた。

23歳という年齢はまだ十分すぎるほど若いが、それでも二度と分水嶺の向こうに戻ることはできない。

ひたすらビールを飲みながら暇つぶしにピンボールに嵌まり続ける時代に戻ることはない。

若さの喪失が、この作品のテーマである。

物語の季節が秋が深まっていく時期であることも、喪失をテーマとする作品の舞台としてマッチしている。

「鼠」の焦燥と停滞

物語のもう一人の主人公、「鼠」はこの作品のなかで、何をやっているのか良く分からない状態で登場する。

前作「風の歌を聴け」のエンディングで、鼠は大学を辞め、小説を書いていることになっている。

しかしこの作品の中で、「鼠」が執筆をしているシーンは出てこないし、そもそも仕事をしているのかどうかも不明だ。

ただ、「鼠」の家は金持ちであることは前作で明らかになっているので、大学は辞めたものの特に何もせず燻っている、ということなのだと推察される。

ジェイズ・バーでジェイと語るシーンや、恋人と一緒のシーンなどが出てくるが、彼が抱えいる焦燥や苛立ちのようなものが伝わってくる。

皆が社会に出て自立していく中、自分だけが置いていかれている感覚。

でも何をしていいのか分からない、というような焦りと困惑、そして苛立ち。

社会人という世界に「進んでしまった」ことに対する寂寞の想いを持つ「僕」と、社会に出ていくことが出来ずにいる「鼠」の苛立ち。

この二つの対照的な世界が丁寧に作り込まれていく。

「ノルウェイの森」への布石

この作品「1973年のピンボール」には、物語のメインテーマとはまったく無関係なところで、彼の代表作となった「ノルウェイの森」に通じる布石が打たれている。

一つは物語の冒頭に、唐突に「直子」という、ノルウェイの森のヒロインと同じ名前の女性が登場する。

直子は「僕」の大学の同級生らしいのだが、この物語の本編には登場せず、そのままフェイドアウトしてしまう。

そしてもう一つの布石は、「僕」が一緒に暮らす双子の女の子たちが、「僕」に内緒でビートルズのアルバム「ラバーソウル」のレコードを買い、家で流すシーンだ。

ラバーソウルの音楽に「僕」は激しく反応する。「こんなレコード買った憶えないぜ」と。

ラバーソウルは、ビートルズの名曲「ノルウェイの森」が収録されたアルバムであり、小説「ノルウェイの森」の中でも重要なファクターとなっているアルバムである。

直子とラバーソウル、物語の本編とは関係ない形で、この二つのファクターが登場しているのが、とても興味深い。

双子は羊男への橋渡し役か

初期四部作は、前半の二作と後半の二作で色合いが大きく違う。

前半の二作には、「現実世界の人間ではない不思議な人々0」は登場しない。

いっぽう後半の二作には「羊男」をはじめとした、「現実世界の生き物ではない人々」が登場する。

現実世界とパラレルワールドという図式が作られていくことになるのだが、前半の二作にはまだその世界観はない。

ただ、1973年のピンボールにおける「双子」の2人の女の子の存在は、やや現実離れしていて、軽く「この世界の人ではない」不思議な存在の誕生とも捉えることができる。

名前も分からず、どこから来たのかも明かさず、でも「僕」一緒に暮らし、直接的表現はないが、「僕」と「双子」の両方は肉体関係を持っている。

双子の2人の存在は、後の村上春樹さんの作品のメインテーマとなる「パラレルワールド」へ僕らを導く先駆者だったのかもしれない。

まとめ

村上春樹さんの作品の中では地味な存在かもしれないが、僕はこの「1973年のピンボール」の寂しげなトーンが好きだ。

都会的、スタイリッシュともてはやされたそうだが、実はストーリーは寂しくてちょっと暗い。

その寂しさも含めてスタイリッシュということなのかもしれないが。

「僕」と「鼠」の物語だが、この作品の中では二人は一度も出会うことなく、別々の街で別々に暮らしている。

そしてその「出会うことのない二人」が、次の作品でさらにスケールアップして展開していくことになる。

やはり初期四部作は通して読まないともったいない名作だ。

次のページに2011年5月に書いた書評があります。

もし良ければご一緒にどうぞ。

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