千代田区外神田にある「神田明神」(正式名称は神田神社)に参拝してきたのでご紹介。
神田明神は江戸総鎮守として知られる神社で、同時に商売繁昌のご利益があることで知られている。
そのため法人の正式参拝数が日本一とのこと。
僕も会社員時代一度法人の一員として参拝したことがあった。
最新の参拝は2026年2月。
さっそく紹介しよう。
神田明神 基本情報
| 神社名 | 神田明神(正式名は神田神社) |
|---|---|
| 住所 | 東京都千代田区外神田2丁目16番2号 |
| 電話番号 | 03-3254-0753 |
| 創建年 | 天平2年(730) |
| ご祭神 | 一ノ宮 – 大己貴命(オオナムチノミコト、だいこく様) 二ノ宮 – 少彦名命(スクナヒコナノミコト、えびす様) 三ノ宮 – 平将門命(タイラノマサカドノミコト、まさかど様) |
| 入場料 | 志料 |
| 駐車場 | あり |
| ウェブサイト | 公式サイト |
神田明神 御由緒
以下、公式サイトからの引用。
社伝によると、当社は天平2年(730)に出雲氏族で大己貴命の子孫・真神田臣(まかんだおみ)により武蔵国豊島郡芝崎村―現在の東京都千代田区大手町・将門塚周辺)に創建されました。
その後、天慶の乱で活躍された平将門公を葬った墳墓(将門塚)周辺で天変地異が頻発し、それが将門公の御神威として人々を恐れさせたため、時宗の遊行僧・真教上人が手厚く御霊をお慰めして、さらに延慶2年(1309)当社に奉祀いたしました。戦国時代になると、太田道灌や北条氏綱といった名立たる武将によって手厚く崇敬されました。
慶長5年(1600)、天下分け目の関ヶ原の戦いが起こると、当社では徳川家康公が合戦に臨む際、戦勝のご祈祷を行ないました。すると、9月15日、神田祭の日に見事に勝利し天下統一を果たされました。これ以降、徳川将軍家より縁起の良い祭礼として絶やすことなく執り行うよう命ぜられました。
江戸幕府が開かれると、当社は幕府の尊崇する神社となり、元和2年(1616)に江戸城の表鬼門守護の場所にあたる現在の地に遷座し、幕府により社殿が造営されました。以後、江戸時代を通じて「江戸総鎮守」として、幕府をはじめ江戸庶民にいたるまで篤い崇敬をお受けになられました。
神田明神 地図とアクセス
御茶ノ水駅 徒歩5分
秋葉原駅 徒歩7分
末広町駅 徒歩5分
新御茶ノ水駅 徒歩5分
最新!神田明神 3回目の参拝レポート 2028年2月
参拝日と参拝方法
2026年2月20日に社頭参拝。
当日の様子

▲ この日僕は湯島に用事があり、千代田線の湯島駅で下車し、用事の前後近隣を散策していた。
すると、マップアプリに神田明神が出てきてビックリ。
調べたところ、湯島とお茶の水はすぐ隣と分かった。
せっかくなので行ってみようとやってきた。
裏参道が存在することすら知らなかった。

▲ ご覧のとおり、裏参道は長い階段である。
湯島は坂の町で高低差が大きく、お茶の水の台地との間に深い谷がある。

▲ 裏参道から境内に入り、一旦表参道に回って写真撮影。

▲ 正式名称は「神田神社」だが、「神田明神」で広く知られている。

▲ 提灯も「神田明神」となっている。

▲ 東京十社巡り。
行ったことがない神社が多い。
この中で行ったことがあくのは亀戸天神社、日枝神社、氷川神社くらい。
氷川神社は赤坂氷川神社でいいのかな?違うなら行っていない。

▲ 拝殿へと向かい参拝。

▲ 神田明神の狛犬は正面を向いているのが特徴。

▲ 凛として勇ましい狛犬が正面を睨んでいるようにも見える。

▲ 能楽堂。お祭りの時にはシャッターが開くのだろう。

▲ 神馬のあかりちゃんはお留守だった。
残念。

▲ と思ったら、裏参道に続く駐車場スペースで、お散歩中のあかりちゃんと遭遇!!
これはレアな体験。ありがたい。

▲ 再び裏参道から湯島駅方面へと戻る。
この日のまとめ
まさか湯島に行って神田明神に参拝できるとは思わなかった。
しかもお散歩中のあかりちゃんとも出会えてラッキーだった。
この日は時間の関係で境内社は巡れなかったので、また時間を作って参拝に訪れたい。
過去の参拝レポートは次のページ以降にありますので併せてご覧ください。
東京神社情報はこちらにもたくさん!もう1記事いかがですか?






著者/出版プロデューサー/起業支援コンサルタント/ブロガー/心理カウンセラー。
あまてらす株式会社 代表取締役。
著書に「やってみたらわかった!40代からの「身体」と「心」に本当に良い習慣」「起業メンタル大全」「「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる」「ノマドワーカーという生き方」など全9冊。
神奈川県鎌倉市の海街在住。