僕は18歳から19歳にかけて約1年間、東急東横線の祐天寺駅近く、上目黒の蛇崩交差点近くに住んでいた。
住んでいた、という表現は正確ではないかもしれない。
当時僕がお付き合いしていた9歳年上の恋人が上目黒にアパートを借りた。
そのアパートに僕が転がり込み、同棲生活をしていた。
僕はまだ18歳で彼女は27歳。
学生だった僕は家賃や光熱費を負担することもなく、ただ居座っていた。
スーパーやコンビニでの買い物を僕のお金でしたり、ふたりで外食するときに奢ったりする程度。
住民票も移していなかったし、週に一日くらいは西麻布の実家に戻っていた。
そういう意味では、「暮らしていた」のではなく、「通っていた」くらいなのかもしれないが、まあとにかく一年間僕はずっと上目黒にいた。
その恋人と別れたあと、僕は一度も祐天寺も上目黒も蛇崩も訪れたことがなかった。
今回ふと思い立ち、38年ぶりに祐天寺駅から上目黒、蛇崩方面を歩いてみることにした。
今回は旅の始まり。
目次とか作るほどの長編にはならないので、あっさりいこう。
38年ぶりに訪れる祐天寺・上目黒 ・蛇崩大徒歩 かつて暮らしたアパートがそのまま残っていた

▲ 2026年3月の快晴の一日。
僕は38年ぶりに祐天寺駅に降り立った。

▲ 時間がたちすぎていて、当時の様子がまったく思い出せなかった。
多分駅ビルも建て替えられていて、余計に昔の姿が思い出せない要因の一つだった。

▲ 駅前からの商店街の通りのイメージは昔のまま。
ただし、記憶にあるお店は一つも残っておらず、時代の流れを感じることになった。

▲ 商店街の終わりにある、古い民家?石材屋さん?は当時のまま。
ここは良く憶えている。

▲ 商店街の反対側の道路は封鎖されていた。

▲ 角を曲がり、蛇崩川暗渠へと向かう。

▲ 達筆すぎて石標の文字が読めない。

▲ と思ったら、すぐそばの看板に「謡坂(うたいざか)」とふりがなが振ってあって理解できた。

▲ 川は当然のことだけど一番低い場所を流れる。
蛇崩川暗渠の遊歩道へと入る。

▲ 麻布の笄川暗渠は自動車も通行できる道路になっているが、蛇崩川暗渠はこのように遊歩道になっている。

▲ 微かに記憶に残る景色。
当時の恋人は自転車を推しながら、僕は徒歩でこの遊歩道を一緒に歩いた。

▲ Google Mapsを頼りに当時僕らが暮らしたアパートへと向かう。

▲ 遊歩道を外れ、蛇崩交差点方面へのショートカットに進む。

▲ 「蛇崩・伊勢脇通り」という名前にはまったく記憶がない。

▲ くねくねと曲がるこの道路も暗渠なのではいないか?

▲ 大黒湯という銭湯には何となく憶えがある。
しかし木の生え方が凄い。

▲ 再び蛇崩川暗渠に入る。
かつては「寿福橋」という橋が架かっていたようだ。

▲ ほとんど人が歩いていない静かな遊歩道。

▲ 再び暗渠を出る。
かつては「宿山町」という地名だったらしい。

▲ そしていよいよ、かつて1年間暮らしたアパートのあった場所へと向かう。
結構な急坂で、「こんなだっけ?」という気持ちになる。

▲ 自動車がすれ違うことは不可能な狭い道。

▲ 尾根の「蛇崩・伊勢脇通り」に向けどんどん急斜面になっていく。
そして左側になんとなく記憶にある建物が。

▲ 当時とはアパートの名前は変わっていて、多少リニューアルされているが、建て替えられてはいない。

▲ 尾根側から観た景色。

▲ 敷地の中に入る。
ドアは新しくなっているが、ここが僕が一年間過ごした部屋で間違いない。

▲ いかにも昭和のアパートという風情。

▲ Google Mapsでは建物の敷地は見えなかったので、まさか当時のアパートがそのまま残っているとは思わなかった。
六畳一間プラスキッチン、そしてお風呂とトイレの狭い部屋だったけど、ここに僕は一年暮らしたのだ。
懐かしいとともに、色んな感慨とともに涙が溢れた。
来ることができて良かった。

著者/出版プロデューサー/起業支援コンサルタント/ブロガー/心理カウンセラー。
あまてらす株式会社 代表取締役。
著書に「やってみたらわかった!40代からの「身体」と「心」に本当に良い習慣」「起業メンタル大全」「「好き」と「ネット」を接続すると、あなたに「お金」が降ってくる」「ノマドワーカーという生き方」など全9冊。
神奈川県鎌倉市の海街在住。