僕は大学にうまく馴染めずに、バイトとバンドの生活に明け暮れていた。当時僕は9歳年上の女性と恋をしていて、祐天寺にある彼女のアパートに入り浸っていた。
僕は毎晩六本木のバーでバーテンとして働いていた。今はもうなくなってしまった、防衛庁の裏手にあったかなり広い店で、時々芸能人もやってくることで有名だった。僕は毎晩、金が余って仕方がないようなおっさんや、そのおっさんに群がるド派手な姉ちゃん達の為に、一生懸命シェーカーを振った。日本中に金が余っているような時代だったから、値段が高いことは良いことだという幻想が夜の六本木に充満していた。今考えれば本当に不可思議な時代だった。
仕事が休みの日や、仕事が終わった後に、僕は女の子を誘ってあちこちで飲んだ。当時六本木は「カフェバー」最盛期を若干過ぎようとしていた頃だったが、今と較べれば遥かにたくさんの小さなバーが営業していた。
「オキーフ」、「メンフィス」、「C'」、「コスタ・ブランカ」は六本木、「レッドシューズ」、「バルズバー」、「ショットバー」、「雨月」、「Ship of Grapes」は西麻布。どこも薄暗くてジャズが鳴ってて、若い男達はDCブランドのダブルのスーツを纏い、必死になって女の子を口説いていた。みんな好んでカクテルを飲んでいた。
週末の夜中になると溜池から六本木へ向かう上り坂にはタクシーが三重駐車していたが、空車はまったくいなかった。全て無線予約の車だった。僕達は良く店が終わった後、タクシーを拾うのに疲れて、ちょっと裏手にある怪しいラーメン屋になだれ込んだり、西麻布まで下って朝まで飲んだり、そんなことばかりしていた。
僕は「White Lady」というカクテルが一番好きだった。ジンとコアントローとレモンジュースをシェイクした古典的なカクテルだ。
西麻布の「レッドシューズ」のカウンターの椅子はすごく高くて、女の子はよじ登るようにしないと座ることができなかった。髪をショートにして全身黒ずくめの女の子が、独りで足のつかない高いカウンターに座って「White Lady」を静かに飲んでいる、そんな姿が妙に懐かしく感じる。「メンフィス」のバーテンは僕よりも4つ年上で、ちょっと沖田浩之に似た、デビッドボウイに心酔するファシストだった。客がいなくなるといつも「Scary Monsters」を大音量で鳴らしながら、ただで僕に飲ませてくれた。
彼が作ってくれた「White Lady」の味は、今でもはっきりと思い出すことができる。
彼は「メンフィス」が潰れたあと、「ピラミデ」というバブルを象徴するようなビルの中の「キケロ」というバーに勤めたが、一年経たずに辞めていった。今彼がどこで何をしているのか、僕は知らない。キケロに女の子と二人で行くと、一杯ずつ飲んで1万4000円ぐらいかかった。
もう3年半もシェーカーに触れていない。たまに吉祥寺のカウンターバーに行くと、ついバーテンが振っているシェーカーに触ってみたくなる。また薄暗い店の中で、一万円札の束を100枚ぐらい筒状にして輪ゴムで止めて持って歩いているような人でなしの脂ぎった中年男と、男に食らい付いたやけに清楚で淫乱な若い女の為に、シェーカーを振りたいと、時々ふと思うことがある。
中年男は酔って同じ話を何度か繰り返した後は、最後に必ず「ウォッカギムレット」を注文した。彼が「ウォッカギムレット」を注文するたびに、僕は「〆はWhite Ladyの方が絵になりますよ」、と冗談のように言ったものだ。
無性に「White Lady」が飲みたいのだが、手許にはジンもコアントローもないし、大体カクテルグラスもシェーカーもないので、バーボンを飲みながらこれを書いている。
日本が歪みを抱きながらもキラキラと輝いていた時代を思い出しながら、この文章を読んでくれた皆さんと乾杯したいと思う。
My Funny Valentine / Bill Evans and Jim Hall
1988年は、バブルに日本中が狂乱し、僕は大学に入学した年だった。
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