13年連用 思うこと(独酔亭日乗)


8月15日 

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2008年8月15日(金) 晴れ 

【マーケ/知らなかったiPhoneヘッドセットの機能】

仕事はますますマーケ色を強める。これがまた楽しいんだな。自分に合っている気がする。気合を入れて頑張ろう。

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iPhoneのヘッドセットは、ヘッドセットをしたまま通話が出来るようマイクが付いているのだが、このマイク部分をクリックすると音楽を再生していた場合は停止し、停止していた場合は再生がスタート、ダブルクリックすると次の曲にスキップという機能があることを知る。これも便利だ。

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今日の体重:93.4キロ(07年1月1日スタート時: 99.8キロ、6月末の目標: 92.8キロ、最終目標: 77キロ)

やりきる力:102日(走れた日の日数)/289日(トータルの日数) 出走率:.353(一昨々年の通算.477、一昨年の通算.279、去年の通算.548)




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2007年8月15日(水) 晴れ のち くもり

【夏休み5日目・津軽海峡を潜る/15年ぶりの北海道/札幌ビール園】

今日はいよいよニナの実家をお暇して北海道へと向かう日である。6時半頃起床。ニナを起こして早速支度を開始。今朝はちょっと雲が出ていて少し涼しい。

朝食を頂いて仏壇にお参りするともう撤収の時間。お父さん、おばあさん、おじいさんにお礼を言って、K太君運転の車に乗り込むと、昨夜撃沈したニナ妹も離れの窓から手を振ってくれた。皆様今回も本当にお世話になりました。

JRの駅まで送ってもらい、9時過ぎ発の特急「あけぼの」に乗車。ブルートレインに昼とはいえ乗るのは初めてである。立ち席乗車券だったが幸い空いている席があったのでB寝台席に座る。座席は夜はベッドになるので広くてゆったり。一度ちゃんとブルートレインで旅行してみたい。今度カシオペアに乗ってみるかなあ。

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50分ほどで「あけぼの」は終点青森に到着。わずか5分の乗り換えで隣のホームから出発する函館行き「スーパー白鳥95号」に乗車。この特急は八戸からやってきているようだ。

「白鳥」といえば、大阪から日本海縦貫線を経て青森までロングランする特急の名称で、僕も秋田の象潟に出張する際にはよく利用したものだが、数年前に廃止され残念に思っていたのだが、こんなところで名前が復活していたのだな。ちょっと嬉しい。

車内はほぼ満席で、30分ほどで青函トンネルに入る。津軽海峡を潜るのかあ。ちょっと感慨深い。トンネルは約30分ほど続く。海底トンネルを走行している途中で地震なんかがあったら嫌だろうなあなどと考えるとなかなか長く感じる時間であった。トンネルが終わると北海道である。北海道も好天だ。函館までは江差線を通って約40分ほど。

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12時ごろに函館駅に到着。ここで再度列車を乗り換える。ホームの反対側に止まっている「スーパー北斗9号」。しかし最近は特急の名称は何でもかんでも「スーパー」なんだな。あまり乱発すると「スーパー」のありがたみがなくなるよな。かつては「急行」が優等列車の名称だったのが、「もっと速いから」と「特別急行」という名称を作り、その特急の中でも「もっと速いから」と「スーパー」をつける。そのうちどんどんエスカレートしていって、「ウルトラスーパーエクセレント超マーベラスブリリアント特急」なんてことにならないだろうか。

などとくだらないことを考えつつ駅弁を買って「スーパー北斗」に乗り込もうとすると、売店で「「白い恋人」撤去のお知らせ」なる張り紙が。なぬ??詳しいことは分からないが、製造元が賞味期限の偽装かなにかしたらしい。北海道土産のトップブランドが、何もそんなことしなくても良いだろうに。

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「スーパー北斗」はディーゼルカー特急。特急「北斗」は僕が子供の頃は確か函館本線をずっと北上して札幌まで結んでいたような記憶があるのだが(不正確な記憶だが)、今日座席に備え付けの地図を眺めたところ、長万部から室蘭本線に入り、東室蘭経由で札幌を結んでいるようだ。こちらの方が海沿いを走るので勾配がゆるやかで走りやすいのだろうか。でも冬場は海沿いの路線も運行が大変そうだ。

車内は6〜7割の込み具合。大沼公園周辺は景色が良くて素敵だった。函館から札幌まで乗り続ける乗客は意外と少なくて、途中でかなりの乗客が入れ替わった。長万部、洞爺、東室蘭、伊達紋別、苫小牧と、今まで時刻表や地図でしか見たことがなかった土地を実際に自分が列車に乗って移動して行くのは何とも楽しい。

午後3時半頃に無事札幌駅に到着。札幌は今日も猛暑で34度まで気温が上がったそうだが、僕らが着いた3時半過ぎには雲が出ていてもう暑くなく、恐らく30度は切っていたのではないだろうか。

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キャスターバッグを引きずり札幌の街を歩きホテルにチェックイン。今回の宿は「札幌グランドホテル」。学生の頃に親の仕事にくっついてきた時に泊まったホテルだ。冷房の効いた部屋に到着してホッと一息。本当に久しぶりに札幌までやってきた。

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しばらく部屋でのんびりして、仕事の電話が会社からかかってきて対応したりお客さんに電話したりしてから外出。まずはホテルのすぐ近所にある時計台を見物。時計台の前で写真を撮ったあと道路の向かいからバスに乗り、サッポロビール園へと向かう。まだ5時過ぎで外も明るく、時間が早かったおかげで待たされずに入店できた。

で、ビール園でジンギスカンを食べビールを飲む。昨日が実家でホルモンで今日がジンギスカンというのもアレだが、まあ美味いから良いだろう。しかし今回の旅行では本当にたくさんビールを飲んでいる。普段はビールは最初の一杯だけなのだが、たくさん飲むとおなかがいっぱいになってしまうね。ビール園で飲むビールは15年ぶりに飲んでもやはり美味かった。そしてジンギスカンも満足。すっかり満腹して店を出てもまだ7時半。帰りのバスで時計台近くまで戻る。

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大通り公園の近くを歩いているとまた会社から電話があり、あれこれ指示を出したり確認したり。夜に入ると札幌の町はさすがに涼しくて気持ちが良い。大通り公園をしばらく歩き、すすきのを冷やかしてから何故かミスタードーナッツでドーナッツを買ってからホテルに戻る。

部屋に戻りシャワーを浴びてさっぱりした後でドーナッツを食べ、買ってきたジャックダニエルのソーダ割を作って飲む。札幌の夜をもっと外で楽しみたいという想いもあったのだが、眠くなってしまい、11時前には寝てしまう。楽しい一日だった。

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今日の体重:94.2キロ(07年1月1日スタート時: 99.8キロ、7月末の目標: 91.8キロ、最終目標: 77キロ)

やりきる力:174日(走れた日の日数)/293日(トータルの日数) 出走率:.594(一昨年の通算.477、去年の通算.279)


2006年8月15日(火) 晴れ  のち くもり

【夏休み四日目・終戦記念日/帰京/東京の方が涼しい】

ニナの実家に帰省中。昨日の夜は皆で痛飲してしまい、お父さんも我々も今朝は焼け跡状態。それでも思う存分眠れるのは二階の部屋のありがたさ。結局8時過ぎにごそごそと起き出す。

しばらくしてから一階に下りるとお父さんも起きていて、テレビの高校野球の中継を見ていた。画面に注目すると青森代表の青森山田高校の試合だった。しかも相手は一昨年、昨年と二連覇中の駒大苫小牧高校。これは応援するしかないでしょう。

中盤まではずっと青森山田高校が優位に試合を進めたが、王者駒大苫小牧がじわじわと追い上げ、終盤に逆転。青森山田も追いつき、再逆転もしたが、延長10回に駒大苫小牧のサヨナラヒットで逆転負け。無念。

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試合の途中で何度か中継が中断され、小泉首相が靖国神社に参拝したとのニュースや、その後の記者会見の様子が伝えられる。そしてその後正午前からは戦没者追悼集会の様子が生中継される。こうして8月15日に参拝した直後に戦争に関する番組が続くと、小泉首相の戦争に対する考え方や意見は分かりやすいと感じた。そういう意味では、本来参拝すべき8月15日に参拝したことに意味があったように思う。ただ、現状のまま靖国神社、乃木神社、護国神社などをその他の一般の神社と同等に扱い続けるのは問題だろう。小泉首相は記者会見で「伊勢神宮にもお参りしている自分が靖国に参拝して何が悪い」みたいなことを言っていたが、そこがまさに土着民族宗教としての神道と国家神道の違いを無視した発言で、こういうことを言わせないためにも、富国強兵の時代の国家神道が建造した神社は、土着の神社とは分けて考えるべきだろう。

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正午になると地域の防災無線が1分間の黙祷を求めてサイレンを鳴らす。ここ数年でアジアの状況は確実に緊迫度を増し、悪化していると思う。こういう時期だからこそ、平和に対する思いを伝えるための行動がもっと増えても良いと思う。

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しんみりした空気の中支度を終えて実家を後にする。今回も大変お世話になりました。また次回もどうぞよろしく。

すっかり愛車となったプリウス號に乗り込んで弘前に出て昼食&買い物。今回も津軽漬と筋子を買った。

3時過ぎに弘前を出発し、東北道をギューンと走って盛岡へ。5時過ぎにレンタカーを乗り捨てして盛岡駅で時間調整&お土産購入し、18時5分の「はやて」で一気に東京へ。帰りの新幹線は往きの列車ほどは混んでいなかったが、それでも満席。Uターンラッシュは明日がピークなのかな?

8時半過ぎに無事東京駅に到着。ドアが開いたら弘前よりも東京の方が涼しかった。

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東京駅からタクシーで帰宅。やれやれ、無事帰ってきた。家の中は特に大停電の影響を感じさせる変化はなく、この一帯は停電しなかったのかな、と感じた。

ニナと一杯やってから布団にもぐり込む。涼しいとはいっても東京の夜はやはり暑い。

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今日の体重:97.4キロ(05年1月1日スタート時: 99.8キロ、8月末の目標: 97.0キロ、最終目標: 77キロ)

やりきる力:86日(走れた日の日数)/295日(トータルの日数) 出走率:.292(去年の通算10/22まで.477)


2005年8月15日(月) 雨

【夏休み五日目・大渋滞にはまり、16時間かかって帰京】

ニナの実家に帰省中。7時頃に起床。朝食を頂いて荷造り。いよいよ東京に戻る。もうちょっと長くこちらにいたいなあ。毎年来る度にそんなことばかり言っている。

皆さんに挨拶し、仏壇にお線香をあげていよいよお暇。おばあさんが畑で取れたスイカやカボチャ、それに茹でたトウモロコシをお土産にくれた。見送りに出てくれた皆さんにぶんぶん手を振って出発。

すぐに高速には乗らず、まずは道の駅弘前でトマト、ピーマン、インゲンなどを買い込む。さらに弘前市内に出て、虹のマートで筋子や津軽漬などを買う。今回の帰省では弘前中心地にはほとんど立ち寄れなかったのが残念。ニナの友達のRちゃんYちゃんとも会う時間がなかったし、パパソウルで飲めなかったのも残念。ううむ、時間が足りないね。

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虹のマートで買い物を終え、いよいよ帰京体勢に入る。大鰐弘前ICの手前のスタンドで満タンにして、東北道へ。Uターンラッシュのピークは明日とテレビのニュースで言っていた。高速に乗ったのは午前10時半。カーナビの予想帰還時刻は午後7時。空はどんよりと曇っているが、雨は降っていない。

青森から秋田を経由して岩手に入る。車の数は若干多いが流れは順調。昼過ぎに前沢SAに入って昼飯を食べる。僕は焼肉定食、ニナは味噌ラーメン。

前沢SAを出る頃から雨が降り始め、やがて土砂降りの雨になる。雨が強くなるのにつれて、車の流れが悪くなっていき、一ノ関あたりで15キロの渋滞にはまる。15キロの渋滞を抜けたら、到着予想時刻は午後8時前に。一時間もかかってしまった。

やっと走れると喜んだのもつかの間、仙台南で再び土砂降りの中渋滞。またしても15キロ。ううむ。

渋滞を抜けるともう午後5時過ぎ。すっかり消耗して国見SAでトイレ休憩。アメリカンドッグも食べる。レンタカー屋の営業が午後10時までなので、間に合わなかった場合の対応を問い合わせる。

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国見を出てしばらく走れたのだが、白河から西那須野ICまで延々と渋滞。帰宅後にテレビのニュースを見ていたら、この時間帯が一番渋滞がひどくて、西那須野ICまで、52キロの渋滞になっていたそうだ。はひー。

渋滞が終わり、栃木県の上河内SAに入った時には午後9時を過ぎていた。渋滞中にニナが携帯からレンタカー屋さんに電話してもらい、午後10時までに返却できない旨連絡。明日の午前7時30分までに返却できれば、追加料金は不要とのこと。でもなあ、今日は家に着くのは夜中になるだろうから、明日早朝に起きて返しに行くのは難しいかもなあ。とりあえず、明日の朝7時半まで延長してもらい、その後の対応は明日決めることに。

上河内SAで遅い夕食。旅名物のカツカレーを食べ納めに食べようと思ったのだがメニューになく、ロースとんかつ定食。ニナはハンバーグ。どこかの旅館が経営しているレストランのようで、微妙に古めかしくてちょっと良かった。眠くなってしまい食後にコーヒーを飲んで気合いを入れる。

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上河内で給油して出発。午後10時15分。渋滞はほとんど解消していて、その後は快調。午前0時には川口料金所まで来た。ただ料金所の混雑で30分かかってしまい、結局家に戻ったのは午前1時前。荷物をまず全部下ろしてから家の近所のコインパーキングに車を止めて帰宅。家に着いたら1時を回っていた。

実家を出たのが午前9時だから、16時間かかったことになる。いくら運転好きとはいえ、これだけかかると疲れるねー。でもまあ無事に帰ってこられて良かった。

冷蔵庫に入れないとまずい食材だけをしまい、スコッチとバーボンでニナと乾杯。すぐに布団に潜り込むが、しばらくはまだ車に乗っているみたいな気分で眠れなかった。東京もあまり暑くなくて、天気もあまり良くないみたいだ。

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今日の体重:??キロ(04年6月1日スタート時: 99.2キロ、8月末の目標: 94.0キロ、最終目標: 77キロ)

やりきる力:146日(走れた日の日数)/297日(トータルの日数) 出走率: .492


2004年8月15日(日) 晴れ のち 曇り 時々 雨

【夏休み四日目・犬の散歩/新築祝い/帰京】

夏休みも四日目。昨夜は2時過ぎまで外で飲んでいたのだが、7時過ぎには起きて朝食。楽しく飲んだお酒は残りにくい。

シャワーを浴びた後でニナと一緒に実家の飼い犬の散歩に出る。僕は犬を飼ったことが一度もなくて、犬の散歩は生まれて初めて。農道沿いに山に向かってしばらく歩き、その後はUターンして集落の中を抜ける。相変わらず日差しは強いが気温は低くて心地よい。

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昼前には帰り支度を終えて実家を出る。おじいさん、おばあさん、ニナ妹に手を振りつつ、お父さんと一緒に隣集落のK太郎おじさんのお宅へ。K太郎おじさんが自宅を新築し、そのお披露目に駆けつけたのだ。

いとこのK美ちゃんと旦那のT幸さんも帰省していて早速挨拶。去年生まれたばかりの時に会った息子のSはもう一歳。ずいぶん大きくなった。ピカピカの新築のお宅は広くて羨ましい。

宴会はすごい大人数。30人以上いたんじゃないだろうか。破顔して幸せそうなK太郎おじさんの顔を見ていると、こちらまで楽しい気分になってくる。みんなビールの後は日本酒に移行して大騒ぎなのだが、僕は今日この後長旅なので、ビールだけにしておく。

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2時過ぎに僕らのタイムリミットがやってきた。皆さんに挨拶してから、K子おばさんが弘南鉄道の駅まで僕らを送ってくれ、いよいよお別れ。弘南鉄道で弘前まで出て、タクシーでバスターミナルへ移動。虹のマートなどでお土産を買ってから盛岡行きのバスに乗り込む。

6時半発の新幹線は、ほぼ各駅停車の遅い列車で、往きよりも一時間も長くかかる。駅弁食べたりビール飲んだり眠ってみたりしつつ、ようやく大宮までやってきたところで車内アナウンスがあり、車両故障があった影響で、大宮から東京まで、遅れが出ているとのこと。

30〜40分程度の遅れとアナウンスがあったので、在来線には乗り換えず、そのまま新幹線に乗っていたのだが、結局上野に着いた時点で一時間以上の遅れ。さすがにしびれを切らし、上野で新幹線を下りて、山手線で浜松町に出て、浜松町からタクシー帰宅。最後の最後ですごく損をした気分。

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東京はさぞ暑いだろうと思っていたのだが、着いてみると青森並みに涼しい。楽だね〜とニナと言いつつ帰宅。やれやれ、ただいま。


2003年8月15日(金) 雨

【降り続く大雨/「楡家の人々」/ばん屋で飲む】

今朝もジョギングしようと早起きしたのに大雨で走れず。しかし薄ら寒い。とても8月中旬とは思えない。今朝見たら、ほおづきの葉が何枚か落ちていた。これじゃあほんとに秋みたいだ。

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北杜夫著、「楡家の人びと」を読了。著者北杜夫が、自らの生家をモデルに大正時代から太平洋戦争終戦直後までの時代を生きた、楡家の家系を主人公として描いた作品。まさにタイトルどおり。

大正初期に脳病院を興し、大病院へと発展させた楡期一郎の時代から物語はスタートし、大いに反映した病院の描写が続く。それが大正末期の関東大震災で病院は傷つき、さらにその直後に病院が火災に遭うあたりから、家族の反映に陰りが見え始める。やがて年月が流れ、期一郎は死去し、養子の徹吉、長男の欧州、次男の米国の時代がやってくるが、日本は太平洋戦争へと突入し、楡家とその人々も、戦争に巻き込まれていく。

特定の個人を主人公として持たず、楡家の人々全体をある程度平等に扱っている点がこの作品の大きな特徴であり、その結果として作品時代のスケールを非常に大きなものにしている。家と人々の隆盛と没落、時代の変化とそれによって伝わるもの、伝わらないもの。家族同士の心の葛藤や愛情などが、実に生き生きと描かれている。下巻は主に太平洋戦争の戦場に赴いた人々が描かれているが、描写は実にリアルで生々しい。丁度終戦記念日に読み終えたせいもあり、戦争について考えさせられるいい機会になった。

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今日は神宮花火大会なのだが、大雨は一日中まったくやむことなく降り続き、花火は明日に延期になったとのこと。花火大会は楽しみにしていたのだが、なんだか体が疲れてしまってぐったりだったので、中止で正直ちょっとホッとした。

仕事ではなにやらドタバタと大騒ぎ。新人営業のS君が慣れない実務で失敗を連続して叱られまくる。落ち込んだS君を慰めるため、仕事の後で飲みに誘う。ニナも合流して3人で市ヶ谷のばん屋へ。

励ましたり叱ったりしつつワーワーと飲み食いして、10時過ぎにお開きに。やっぱり疲れているなあ。

地下鉄で帰り、家でもうちょっと飲む。外は相変わらず寒くて大雨が降り続いている。


2002年8月15日(木) 晴れ
今日から社会復帰。とは言っても世間はお盆休みの真っ最中なので、通勤電車もガラガラだし、仕事も大きな動きはなし。休暇中に溜まっていた書類をどんどん片づけて一日が終わる。休み中特に大きなトラブルもなくホッと一息。

夜も大人しく帰宅。


2001年8月15日(水)

記載なし


2000年8月15日(火)

記載なし


1999年8月15日

屋久島旅行 二日目


1998年8月15日

北の国から三日目


1997年8月15日

記載なし


1996年8月15日

記載なし



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