春の麗らの 思うこと  繚乱編



1998年4月1日(水)


Circle Dance / Yen Chang


今日は年度初め。

入社式を終えたばかりの新入社員達が、昼過ぎから町中をやたらとたむろして歩いている。まだ着こなせていないスーツに着られるように、ぼんやりとニヤニヤと歩いている。

僕は昔から新入社員達のたむろ歩きというのが嫌いだった。学生の頃から嫌いだったが、社会人になってもやっぱり嫌いだ。どうしてだろう。

何も仕事ができない癖に妙に自信たっぷりにしているからだろうか。社会人になった癖に大学生の頃と変わらぬアホ面で無目的にだらだらと歩道を塞ぐようにして歩いているからだろうか。良く分からない。でも、とにかく嫌いなのだ。

ひょっとしたら、疲れた都会の中で異彩を放つ彼らのエネルギーに嫉妬しているのだろうか。だとしたら、ちょっと哀しいな。



Von Voyage / Yen Chang


最近、「死」について考える。

人は誰でもいつかは死ぬものだ。これは一般論だ。

例えば、僕が死んだら、僕という存在は消滅してしまう。それは当たり前のことだ。肉体が滅びて焼かれて消滅してしまうというのは何となく分かるのだが、僕が生まれてから30年近く生きてきて、その間に一生懸命アタマやカラダの中に溜め込んだ記憶や思念は一体どこに行ってしまうのだろか。

写真や手紙、日記やビデオと、本人の存在を後世に伝える手段は日ごとに増えてはいる。例えば僕が今日死んだとして、僕がこうして日々ネット上に文章を垂れ流していたことを記憶していてくれる人はある程度いるだろう。

でも、その人達もいつかは必ず死んでいき、僕がここにこうして存在していたことを、100年後にまで証明してくれるものはなにもない。

生まれた街の幼い記憶、思い悩んだこと、怒り、喜び、悲しみ、夢、絶望、性欲、死ぬ直前の映像、痛み。そう言ったものがごちゃまぜになった、僕の思念というものは、僕が死んだ瞬間にどこに行ってしまうのだろうか。

僕だけではない、全ての人の生まれてから死ぬまでの思いは、その思いを抱えていた肉体が滅んだ瞬間に、一体どこに行ってしまうのだろうか。

肉体が滅んだ後の僕達の思いは、ぽかりと、心地よい春の大気の中に浮かんでいるのではないだろうかと、ふと想像してしまう。数えきれない程の肉体を失った「思念」が、そこいら中に浮かんでいる。そしてそれらの「思念」はやがて上昇して雲を作り、雨となって地上に降り注ぐ。

地上には朽ち果てた僕達の肉体があり、思念の塊の細粒である雨が有機的存在である腐敗した肉体を溶かし、土に戻して行く。そして分解された肉体と思念がやがて長い年月を経て、新たな生命を作り出して行くのだろうか。思念は肉体と同じように腐乱し溶解し、土に戻って行くことができるのだろうか。一人の人間の生まれてから死ぬまでのありったけの思念を、そのまま綺麗に保存しておくことはできないのだろうか。そこに一人の人間が存在し、思い、行動し、生きていたことを証明し続けることはできないのだろうか。

僕達はただ単に死に向かって進んで行くしかないのだろうか。夢を持ち、家族を愛し、野心を持った僕達の心は、肉体の消滅と共にこの世界からなくなってしまうのだろうか。誰かを愛したという事実や、何かを成し遂げたという充実感も、全てなくなってしまうのだろうか。誰かが存在したという確かな証明は、紙きれやビデオテープにしか残らないものなのだろうか。本当にそうなのだろうか。

氷雨に濡れる満開の桜を見上げながら、たまらなく寂しい気持ちになった。




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