書評

日本人よ「まじめの罠」から脱出せよ!

書評
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こんなに一生懸命やっているのに、なぜうまくいかないのか。

 

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僕らが陥る「まじめの罠」

多くの日本人は閉塞感に嘖まれ続けている。

必死に働き会社に尽し、家でも家族のために頑張っている。

 

 

なのになぜ結果が出ないのか。なぜ生活は良くならないのか。

なぜずっと同じ場所をぐるぐる回っているのか。

 

 

そこにはちゃんと理由がある。

そう。僕らは「まじめの罠」にはまってしまい、もがいているのだ。

 

 

勝間和代氏の新刊「まじめの罠」は、いま日本と日本人がはまってしまっている「まじめの罠」の本質とメカニズムを解説し、どうやったらそこから脱出できるかの方策を示してくれる、素晴らしい本だ。

 

まじめの罠 (光文社新書)

勝間和代 光文社 2011-10-18
売り上げランキング : 192

by ヨメレバ

 

 

成功したいの?まじめでいたいの?

この本の帯にはこう書かれている。

「3ヶ月で100点取る人、2日で80点取る人、どちらを評価しますか?」

 

 

もし僕らの目的が資格試験に合格することで、合格ラインが75点ならば、明らかに2日で80点を取る人が評価されるべきだ。

だが、僕らはなぜか、往々にして75点で良いところを100点を狙いにいき、膨大な時間を浪費してしまうのだ。

 

 

なぜそうなってしまうのか。

本書では幾つかの理由が挙げられているが、特に重大なのは、日本の教育や仕事の評価システムが、「プロセス重視」になっている点ではないだろうか。

 

 

学校でも、パパッとできてしまう子供よりも、コツコツ必死にやり抜いた子供を高く評価する。

会社でも、さっさと仕事を終えて帰る有能な社員よりも、真夜中まで残業する人を「努力の人」として評価し、要領が良い人を「ずるい」という目で見てしまう。


 

もちろん努力すること自体は間違っていない。

だが、結果で評価することをしないうえに、計画を立て実行し、結果を評価し方向性を修正していくという「PDCAサイクル」を回すことをせず、心情だけでプロセス評価をしてしまうことで物事はおかしくなる。

仕事の成果はあがらず、むやみに努力した人がなんとなく評価され、要領良く正しい努力をする人はやる気を失うという悪い循環に入ってしまうのだ。

 

 

僕らはじっくり考えるべきだ。

何のために目の前の仕事をしているのか?と。

 

 

自分は最小の労力で最大の成果をあげたいのではないのか?それとも「犬の道」にはまり、必死で働くふりをして、延々と時間を浪費したいのか。

つまり、自分は「成功したいのか、それともまじめでいたいのか」。

この問いを、常に自分に課すことが必要だ。

 

 

成功しないまじめは被害妄想を生む

まじめの罠にはまっている人は、問題意識が希薄になってしまっている。

なぜ自分はこのやり方で仕事をしているのか。

 

 

この道順で本当に正しいのか?

自分は今から何をするべきなのか。

 

 

そういった根本的な問題意識を持つことで、僕らは自分を客観視できる。

ところがまじめの罠にはまっている人は、問題意識を持たず、ただやみくもに自分が信じる方法で努力をしてしまう。

だからなかなか物事は上手くいかない。

 

 

そして、物事がなかなか上手くいかないと、まじめの罠は次のステージへと僕らを連れていってしまう。

被害妄想の世界へとだ。

 

 

 

 

「コツコツまじめに頑張って努力しているのに、上手く行かないのはアイツが要領良くズルをしているせいだ!」

「あいつさえいなければ僕はもっと評価されるのに」

まじめな人たちは、そうして徐々に自らを被害者へと仕立て始める。

 

 

そして当然のことだが、自分が被害者になるということは、誰かが加害者になる必要が生じる。

要領良く結果を出している人、そして他人と違う言動をする人、さらには著名人や政治家などをターゲットに、ヒステリックな攻撃が始まってしまうのだ。

 

 

さらに状況を悪くすることとして、日本人は「有名人・著名人は完璧であって、一切の過ちをしてはならない」という完璧主義を持っている。

ホリエモンや村上ファンド、さらに最近の政権交代劇を見れば良く分かると思うが、登場してきた時は神の子のようにもてはやし大騒ぎをするが、ちょっとケチが付くと手のひらを返したように一斉に攻撃をして叩きつぶす。

自分がその人を選んだ、という責任をすっかり忘れてしまい、目の前の「ケチ」を攻め立ててしまうのだ。

 

 

「自分はマジメにやっているのに上手くいかない。それはお前達政治家や有名人たちがいい加減なことをやっているからだ」

日本ではまっとうな政治リーダーが育たず、毎年首相が交代することになってしまうのも、これら日本人の被害妄想から生じたヒステリックな攻撃が原因となっている。

 

 

「まじめの罠」からの脱出

この本では、僕らが陥っている「まじめの罠」からの脱出法として、6つのソリューションが提示されている。

 

 

  • 失敗を恐れるな
  • 問題設定そのものを疑え
  • 動物的な勘、身体感覚を養え
  • 独立した経済力を持て
  • 自分のまじめさや常識を疑え
  • 正しい自己認識を持て

 

 

それぞれすべて大切なことで、是非実際に本書を手に取って欲しいのだが、僕はこの中で特に重要なのは、「正しい自己認識を持て」だと感じた。

自己認識の際に必要なこと、それは「起きていることはすべて正しい」のであり、自分は「被害者」ではなく「当事者」なのだという認識だ。

 

 

「自分は被害者だ」と思い込み、箱に閉じ篭もってしまえば、すべての出来事は「他人が悪い」ということになってしまう。

だが、「他人が悪い。あいつのせいで」と思ったまま生きていても、僕らを助けにきてくれるウルトラマンやドラえもんは存在しないのだ。

 

 

 

 

「政治が悪い」「ホリエモンが悪い」「村上ファンドが悪い」と騒いで首相を辞任させ、ホリエモンを塀の向こうに放り込み、村上ファンドを日本から追い出して、結果として日本は良くなっただろうか?

僕たちは、常に吊るし上げるターゲットを探し、その生贄を攻撃することを楽しんできた。

だが、それは物事の本質から目を背けさせるための罠なのだと気づくべきだ。

 

 

ホリエモンの悪態をつく暇があったら「自分」が明日どう生きたいのかを考えよう。

勝間和代の新刊のアマゾンレビューに、読んでもいない本を☆一つでレビューする暇があるなら、来年の自分の給料が上がる工夫を始めよう。

今の政府じゃダメだと思うなら、テレビの前で愚痴を言わず仲間を見つけて行動をはじめよう。

 

 

こんなことをやっているのは日本だけだ。

僕らはいますぐ「まじめの罠」から脱出しなければならない。

 

 

まとめ

この本は「痛い」本だ。

なぜなら僕自身にも、「まじめの罠」にはまる傾向があることがヒシヒシと伝わってくるからだ。

 

 

成果を上げることが目的だったはずが、いつの間にかプロセスが目的になってしまっていないか?

数え始めると恐ろしくなる。

マジメであることは、自慢にはならないのだ。

 

 

でも、この痛みを感じることが、まだ救いなのだとも思っている。

なぜなら、痛みを感じるということは、自分に疑いを持っているということであり、自己の客観視ができていることだと思うからだ。

 

 

 

 

「一生懸命頑張っているのに成果が出ない」「なぜ自分だけが取り残されるのか」

もしそう感じることが多いなら、是非この本を読んでみて欲しい。

 

 

そして、この本を読んで腹が立ったり、イライラしたりしたら、是非ゆっくり考えてみて欲しい。

腹を立てている相手は勝間和代なのか。

それとも自分を正面から見つめられない自分なのかを。

 

 

自己認識は、そこから始まる。

僕はそう信じている。

 

まじめの罠 (光文社新書)
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